「すまないな、。忙しいだろうに」「忙しいのはお互い様ですよアルフレッドさん!それに謝るなと、約束したじゃありませんか」「ああ…そうだったな、すまない」「もーっ、アルフレッドさんてば」ぷりぷりと怒りをあらわにしている少女、・を眼の前にして、USA大陸の代表 ―――― アルフレッドは大理石でつくられた謁見の間で、盛大にため息を吐いた。するとは決まって「ため息の回数が増えましたねー、老けたんじゃないですか?アルフレッドさん」と言って笑うのだ。失礼な、と言い返してやりたい気持ちは十分にあるが、このごろはそうかもしれないと否定出来ないでいるから少々複雑なところだ。 「 どうですか?そちらの様子は… 」 「 ん?ああ、相変わらずだよ。どこも風邪気味でね…たまにはゆっくりしたいよ 」 「 …心中、お察しします。各国のみなさんから報告は受けていますが、あまり思わしくないようですね 」 「 がそんな顔をすることはないよ。王室はいわば象徴的なもので、経済の影響はないんだから 」 「 でも… こういうときこそ、何かお力になりたいと思いますのに… 」 「 …きみのその気持ちだけで十分だよ。みんなも元気になるってもんさ 」 「 ―――― そうでしょうか… 」 「 ああそうさ!ほかの誰でもない、幼馴染の僕がそう言っているんだから 」 「 ふふっ…ありがとうございます、アルフレッドさん 」 くすくすと、が笑う。それだけで良い、とアルフレッドは心の底から思った。には、笑ってくれているだけで良い。彼女には山のような書類も、息をつく暇もないような時間も、似つかわしくない。ただ優しく笑って、見守っていてくれるだけで良いのにと、アルフレッドはまたこぼれそうになるため息をこっそりと飲み込んだ。こうなることを分かっていて、彼女の国を筆頭国家にしたのはほかの誰でもない自分だ。いまさら、あのころのように幸せだった時間に戻れたならなんていう不可能に近い願いを抱くのはもうやめようと、あのとき決めたじゃないか。の「分かりました」と言うまっすぐな瞳を受け止めたときに、決めたじゃないか。 「 アルフレッドさん?どうかしましたか?ぼんやりして…お疲れでしたら… 」 「 ん?いや、大丈夫さ。ちょっと昔のことを思い出してね…やっぱり僕も、年寄りになったのかな 」 「 アルフレッドさん… 」 「 ああそうだ。たまには息抜きも必要だろうと思ってね、王室のみんなと相談して決めたんだ 」 「 ? なにを、ですか? 」 「 ええと ―――― あったあった、これだよ、 」 そう言ってアルフレッドがガサガサとカバンのなかから取り出したのは、ファイリングされた薄い紙束だった。その冒頭には「王室主催の…生誕祭…?」だった。「アルフレッドさん、これは」「もちろん一般公開もされる。メディアにもくつろいでもらうつもりだ」「それは構いませんが…良いんですか?こんな大変なときに」「こんなときだからこそだよ、。昔のきみなら、そういうだろうと思ってね」「…っ」「?」ふるふると震えている手を見て、アルフレッドはぎょっとした。何か余計なことをしてしまったんだろうか?こんなのはだめだと、怒られるだろうか?どちらにしても、後者はないような気がしていた。前者も、いささか首をかしげる節がある。アルフレッドが思案しながらの返答を待っていると、顔をあげた彼女の瞳にはわずかに涙がにじんでいて、アルフレッドは更にその瞳を見開いた。 「 ?なにかまずかったかい? 」 「 っいいえ…違うんです…。ただ嬉しくて、わたし 」 「 嬉し泣きだったのか…吃驚したなあ。アーサーに怒られるんじゃないかとひやひやしたよ 」 「 ごめんなさい…みなさんにこんなことをさせて。わたし自分のことで精いっぱいで…ごめんなさいアルフレッドさん 」 「 どうしてが謝るんだよ?当然じゃないか!じゃあみんなには僕から知らせておくから… 」 「 …はい、お願いします 」 「 ?大丈夫かい? 」 「 大丈夫です。ありがとうございます…内容はお任せしても構いませんか? 」 「 もちろんだとも!みんなと相談して決めるよ。もちろん、彼らにも手伝ってもらうつもりだ 」 「 彼ら…? 」 「 聖夜だからね。彼らがいなくちゃはじまらないだろう?それじゃあ、広報は任せたよ! 」 「 あ…はい。何かありましたら、ご連絡くださいな 」 「 ああ!ちゃんと休むんだぞ、!おっと、もうこんな時間か…このあとアーサーと会合なんだ 」 「 そうですか!アーサーさんにも、よろしくお伝えください 」 「ああ。それじゃあな!また来るよ!」ぶんぶんと、元気良く手を振るアルフレッドを微笑ましく見送りながら、は「パーティーかあ…」と久しぶりの祭事に心を弾ませた。ここのところは事務処理だとか、書面とにらめっこしていることが多く、息抜きらしい息抜きをする時間もなかったように思う。ただひとつ、祭事にあたって気がかりなことがあった。「イヴァンさん…来ていただけるでしょうか…」そう、北の大国に住まうイヴァンのことだった。王室主催の祭事だし、イヴァンが来てくれないとも限らない。そのあたりも、アルフレッドがうまく調整してくれているとありがたいのだが。今度尋ねてみよう、はそう思うことにして、くるりと方向転換をした。祭事までに待っているのは、大量の書類と手紙の束だ。聖夜までの刻限は、刻一刻と迫っていた。 憎んではだめだよ、愛しむんだよ |