「 フェリシアーノ!! ったくあいつはまた、仕事をほっぽって… すまないが、どこに行ったかしらないか? 」
「 わあっルートヴィッヒさん!あの、さあ…わたくしのところには来られておりませんけど 」
「 はあっ…しょうがないやつだ… 、見かけたら知らせてくれ 」
「 分かりました… ルートヴィッヒさんもお務めご苦労様です… 」
「 ああ、もな。じゃあ俺はフェシリアーノを仕事に連れ戻すから… また、な 」


城内をきょろきょろと見まわしていた国防長官のルートヴィッヒの背中をボンヤリと見送り、アトリエに向かおうとしていたはほっと胸をなでおろした。あの様子だと、もう何日も美術館を留守にしているのだろう。自分からもひと言言ってやろうと意を決して、真新しい埃が飛び交うアトリエの部屋、その扉を開いた。「ヴェ〜!−!」「わ、わわ、わわっ!フェ、フェリシアーノさん!やはりこちらでしたか…っ」「そうだよー、が来るのを待ってたんだから!この前の約束、果たそうと思ってね!」「フェリシア−ノさん…!覚えていてくださったんですか…!」「もちろんだよ−、僕がとの約束を忘れるわけないでしょ!」座って座って、始終嬉しそうな笑みを浮かべているフェリシア−ノを見ていると、こっちまで嬉しくなるのだから不思議だ。


「 そう言えばさっき、ル−トヴィッヒさんが捜してましたよ? 」
「 ああうん、知ってるよ。 ル−トヴィッヒはいっつも僕を捜してるんだ、ヒマな奴だよね 」
「 どちらかと言えば、フェリシア−ノさんのほうがヒマそうに見えますけれどね 」
「 ん?、何か言った−? 」
「 聞こえなかったことにしたいのならわたくしはもう何も言いませんわ 」
「 む−、ってばやっぱり強いや−。パスいち− 」
「 ふふっ、フェリシア−ノさんは素直で大変良いですね… バッシュさんにもお見せしてあげたかったです 」
「 ん−あのひとはね−、もし見てたとしてもそうはならないと思うよ− 」
「 ふふふ、わたしもそんな気がします。無理だ、っておっしゃりそうですしね 」


サラサラと筆を動かしながら、ここへ来て笑顔の絶えないの髪を描く。珍しい色の髪 ――― 優しく草原に揺れる、蒼。ラフ画の中でほほ笑むを見ていると、空気が震える。空気だけじゃあなくて、もっと ――― 心の奥のほうが震える。だから時々を描くことが苦しくなって、筆が止まってしまいそうになる。だけれど、君がほほ笑むから ――― 僕の心の中にまた、「それでも描きたい」っていう思いが生まれる。その思いがまた、僕の心をかき立てる。だからどんなに苦しくても、を ――― の笑顔をスケッチブックの中に納めておきたいと思うんだ。


「 …フェリシア−ノさん?どうかなさいましたか…? 」
「 …っえ? 」
「 急にぼんやりなさって… 疲れてしまいました? 」
「 ううん、そんなんじゃないよ。 なんて言えば良いのかなあ… 幸せ…うん、幸せだなあって! 」
「 幸せ… 」
「 うん!みたいな美人さんを描くことが出来て、幸せだなあって! 」
「 またまた−、フェリシア−ノさんはお世辞がお上手なんですから 」
「 違うよ−!ほんとうなんだって!絵描きにとって、きれいな女性に出会えることは至福なんだよ! 」
「 そう…ですか…? 」
「 そうだよ!それで価値が決まるんだからね。は分かってないなあ 」
「 うっ… すみません…、こんなんじゃモデル失格ですね… 」
「 えっ!違うよ違うよ!どうやったらそうなるのさ 」
「 だって、そうじゃないですか。そんなことも分からずに絵を描けだなんて、ずうずうしいにもほどがあります 」
「 … はやっぱりお姫様なんだね− 」
「 違います… わたしは…そんなんじゃ 」
「 …? うん、そうだね!そろそろ休憩しよっか!僕お茶菓子持って来たんだよ− 」


そう言ってアトリエを出ていくフェリシア−ノをなんとなく見送りながら、はふうとため息を吐いた。ここにいて、フェリシア−ノに絵を描いてもらっている間は ――― その、間だけは。いままで一度だってため息を吐いたことがなかったのに、そんなふうに思うと不器用ながらにも気を使ってくれるフェリシア−ノに申し訳なくなった。それもこれも、すべて自分が原因。分かっているのに、どうにもならないものだと、嘆息する。テ−ブルを片づけながら、きょう二度目になるため息を吐いた。


「 、お待たせ−! あっ片付けてくれてたの?そんなことは僕がやるのに! 」
「 いいえ、ここはわたしの家です。それにあなたは仮にもお客人なのですから、これくらい気にしないでください 」
「 … うん、どうもありがとう。お茶は僕が入れるね− 」
「 えっ、手伝いますよ! 」
「 ダメダメ!お姫様はおとなしく待ってて− 」


「はいはい」はそう言って椅子に腰かけ、鼻歌を歌いながらお茶の用意をしてくれているフェリシア−ノを見つめた。「はいっ、ど−ぞ!…?」「へ…はいっ?」「どうしたの?じーっと見つめて…なんかついてる?」ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見つめているフェリシア−ノがとても可愛らしくて、はぷっと笑みを浮かべた。「いいえ、なんでもないんです。じゃあ、いただきますね」そう言ってほほ笑み、軽くにおいをかぐ。


「 これは…ロイヤルミルクティ−ですね! 」
「 うん。、まえにすきだって言ってたでしょ?フランスに頼んで送ってもらったんだ− 」
「 フェリシア−ノさん…ありがとうございます…! 」
「 ヴェ、喜んでくれたみたいで良かった−!何個か差し入れ置いていくから、すきなときに飲んでね! 」
「 ありがとうございます。今度何か、お礼をさせてくださいね! 」
「 …お礼? 」
「 はい!紅茶のお礼です!何かわたしに出来ることがあったら、なんでも言ってください 」
「 なんでも…かあ… う〜ん…じゃあねぇ 」


キラキラと瞳を輝かせているを横目に見つめ、ぴん!と何かひらめいたような顔をしたフェリシア−ノは、「じゃあね、ちょっとだけ手、出してくれる?」「手?」「うん!手!」ニコニコと満面の笑みの彼に、なんの疑問もなく自らの手を差し出す。そんな彼女の手の甲に、フェリシア−ノはそっと、自分の唇を添えた。「え…えええええええっ…!」顔を真っ赤にしてフェリシア−ノを凝視するに、彼はどこか勝ち誇ったような笑みで「なんでもって、言ったでしょ?」「で、ですけどまさかこんなっ」「…そんなに嫌だった?」「…そんな質問、ズルイですよフェリシア−ノさん…」顔を赤く染めつつ、頬を膨らませるがとても愛らしくて、フェリシア−ノはとうとう笑いをこらえきれなくなった。


「 〜〜っ笑いすぎです、フェリシア−ノさん!! 」


のそんな怒声が城中に響き渡るのは、それからわずか数秒後の出来ごとでした。




呼吸だけが許された幸福