「 アーサーさん! 」
「 、わざわざ出迎えてくれなくても…少し落ち着け、転ぶぞ 」
「 幼馴染を出迎えないわけにはいきません!あわわっ 」
「 まったく…、相変わらず危なっかしいんだなあは 」


そう言いつつ、少し前に登城して来た幼馴染に間一髪のところで抱きかかえられる。「す、すみません…ありがとうございます」驚きながらも、ニッコリと昔なじみの笑顔を見せる。笑顔を見せられる余裕はあるみたいだな、とアーサーはほっと胸を撫で下ろした。「どうぞこちらへ」に手をひかれ、応接室に通される。メイドたちがお茶菓子の用意をしてくれているのをなんとなく眺めながら、笑顔の絶えないに視線を戻す。


「 どうした?やけに嬉しそうだな 」
「 ええ、それはもう!だって、お友達としてお城に来てくださるのは幼馴染のアーサーさんくらいですから 」
「 …喜んで良いのか、微妙なところだ 」
「 あら?もちろん喜んでいただいて良いんですよ。 他意はありません 」
「 他意って…まあ良いか。 …少し痩せたな 」
「 そう…、ですか? わたしはあまり自覚ないんですけれど 」
「 …お前は昔っからそうだ。 ひとのことばかりで、自分のことには無頓着なんだ 」


アーサーに指摘されて、一瞬ドキッとする。やはり幼馴染というだあって、観察力にはそれなりに説得力の強さが感じられる。黙り込んでしまったに、アーサーは「忙しすぎて食事をとる時間がないのか…すまないが、あれを頼む」と言って、そばにいたメイドさんにあるものを用意させた。メイドさんは「かしこまりました」と言ってどこかに姿を消した。そうしてものの数分で戻ってくると、小さなホールケーキをカッティングし始めた。


「 アーサーさん…これは…? 」
「 うちで完成したばかりの紅茶のケ−キだ。 いちばんに試食してもらいたくてな 」
「 … いただいても、だいじょうぶなんですか? 」
「 、それはどういう意味だ 」
「 あらあら、聞くまでもないという顔をされているのにわざわざお聞きになるんですね 」
「 まったく…にはお手上げだな。 ほら、こういうモノなら食べられるだろ 」
「 アーサーさん…!ありがとうございます!いただきます 」


「ああ食え、すきなだけ食え」そう言いながらも、自分はすでにフォークがケーキに伸びている。はその様子をなんとなくおかしくおもいながら、ア−サ−が持って来てくれた紅茶のケ−キに舌鼓をする。「どうだ?」がケ−キを半分ほど食べ終えたころ、ア−サ−はそんなふうに尋ねた。はフォ−クを置いて「すっごくおいしいです!ア−サ−さんのものとは思えないくらいです!」「…おまえなあ…」もうひとつ、文句を言ってやるつもりだったのだけれども、の笑顔があまりにも嬉しそうだったために、ア−サ−はもうそれ以上のことは言えなくなってしまった。が笑顔でいるのなら、それで良い。自分にとって最も重要なことは、それだけなのだから。


「 差し詰め、発案者はフランシスさんと言ったところでしょうか 」
「 はあ…、。 おまえはどうしてそう、他者に対して鋭いんだ 」
「 あら?他人だからってすべて分かるとは限りませんよ。 幼馴染のア−サ−さんだからこそです 」
「 幼馴染ね…、まあそれでも良いか…いまは 」
「 ?? ア−サ−さん?何か言いました? 」
「 いいや、なんでもない。どんなに時間がなくても、しっかり食べるんだぞ? …みんなも、頼むな 」


ア−サ−はメイドたちを振り返るなりそう言って、彼女たちが「ハイ」と頷くのを確かめてから、もう一度のほうを向いた。「も−、ア−サ−さんは心配しすぎですよ!」「これくらいしておかないと、気が気じゃないんだ」ア−サ−はそう言って、クッと喉の奥で笑った。はじめてみる、彼らしくない大人びた笑顔に、ドキッと一瞬胸が高ぶった。落ち着こうと、何度か深呼吸をしてみたけれど、心拍数は上がっていくばかりだ。


「 どうした? 急に黙り込んで…、やっぱりまずかったか? 」
「 え?いえ、そんなことないです。アーサーさんにしては上出来です!! 」
「 ははっ、なんなんだ、俺にしてはって。 おっと、そろそろ戻んないと…夕方から会議なんでな 」
「 そうなんですか…、すみません長居をさせてしまって。 ひょっとしなくてもすごく忙しいのでは… 」
「 俺がしたくてそうしているんだから、気にするな。 ん?に比べればどうってことない 」
「 ふふ、そうですか…、送ります 」
「 ん?ここで良いぞ、も公務が残っているだろう。いまごろエリザベスが捜してるんじゃないのか 」
「 あ…そうですね…、でも… 」
「 そんな顔をするな、近いうちにまた会いに来る 」


ワシワシ、との頭を撫でるようにつかむ。サラサラした金糸の髪が、指の間をすうっと通り抜けていく。ただそれだけなのに、ドキッとしてしまう。いまに始まったことではないというのに、どうしてこればかりは緊張してしまうのだろう?何年経っても、いくら考えてみても、その答えは出ないままだった。たぶんこれからも、その答えが出ることはないのだろう ――― なんとなくだけれど、そんな気がしていた。の寂しそうな表情を名残惜しく見つめながら、ゆっくりと、だが確実に手を離す。このときほど、そばにいたいと願うことはない。離れたくないと ――― 「また会えるさ」自分に言い聞かせるように、そう告げる。そして、が笑う ――― 足もとで揺れる、薄桃色をした花のように。




まどろむ午後の憂鬱