「 アリーシャ! 」
「 !久しぶりだな 」
「 ほんとうに。珍しい客人とだけ聞いていたから、半信半疑だったんだけど 」
「 疑り深いところも相変わらずなんだな。とは、退団式で会って以来か 」
「 はい、姫様 」
「 その呼び方はやめてくれと言ったはずだが 」
「 ああ、ごめんごめん。現役時代の名残が 」
「 いまでも腕は鈍っていないと噂はかねがね聞いている 」
「 えぇ〜返答に困る評価だなそれは。で?そちらの方は? 」


 夕刻、鍛錬を終えて道場の片付けなどをしていると、一国の姫君が前触れなしに現れた。しかし慣れているのだろう、この道場の主、は飄々とした出で立ちで客人を出迎えた。「噂は聞いているだろう」「ああ、導師が現れたっていう。じゃあ、この方が」「ああ、導師のスレイだ」「アリーシャ?発つ前に会わせたいひとがいるって、このひとのこと?」「そうだ。。みてのとおり、いまは武術の師範をしている。かつては私とともに戦場に立った経験もある。わたしの戦友のひとりだ」「へぇ、師範ってことは、強いの?」「」「歯、食いしばっておいてよ、導師殿」「へ」「せいやぁっ!」―――刹那、力強い突きのあとの、見事な背負い投げ。「うっ」〔スレイ!〕〔スレイさん!〕すかさず、ミクリオとライラが駆け寄る。
 「い、たたたたた・・・」「どう?わかってもらえた?」なおも懐から小刀を取り出そうとする彼女に、スレイはあわてて降参のポーズをみせる。「わかった、わかった!」「なら、良し」満面の笑みが、夕日に映えて輝いていた。


「 それよりも、噂で聞いたぞ。グレイブガントに発つのか 」
「 ああ。言っておくが、不安になったから会いに来たとかそういう、 」
「 はいはい、わかってますよ。ん〜そうだな。これでどうだ 」


 ヒュッと、鋭利な刃物が空気を掻き切る音がして、スレイたちも思わず音のするほうを振り向いた。「それは?」「知り合いの名人につくらせた短刀だよ。こいつと対でつくらせた」トントン、と自らの腰に下げている短刀をみせる。先ほどスレイにとどめを刺そうとしていた、あの短刀だ。〔さんは、武術だけじゃなくて剣術の心得もあるようですね〕〔レディレイクには手練れしかいないのか?〕ライラの言葉に、呆れて言葉も出ない様子のミクリオ。そんなふたりを振り返り、肩をすくめるスレイ。「容易く刃物を放り投げるやつがあるか!相変わらず雑だな!」「”姫様”の守りになるよう、くれてやると言っているのに、なによその言いざまは?」「」「?」「スレイが怪我でもしたらどうする」スパン、歯切れの良い音がして、スレイ、ミクリオ、ライラ、エドナも一斉に振り返る。


「 威勢の良いツッコミだね・・・ 」
〔 アリーシャさんが”戦友”と言っていた意味が分かりましたわ 〕
〔 敵に回すと面倒なタイプだぞ、スレイ 〕
〔 そもそもお優しい導師様が女の子を敵に回すとは思えないけど? 〕
「 あはは… 」


 なかなかに痛烈な仲間たちのやりとりに、ただただ苦笑いを浮かべるスレイ。「それから、導師」「え?あ、はい」凛とした声に、思わず背筋が伸びる。「この子のこと、ほんとうに頼んだからね。この子、後先考えず突っ込んで行くところがあるから」「それは貴様もそうだろう」「アリーシャ」「・・・はい」力強いにらみに、アリーシャもただただうなだれる。再び、空気を裂く金属音が聞こえて、同じ手は食わないと、ぎりぎりのところで”それ”を受け取る。
 「これは」「”切らずの剣”」「切らずの剣?」「不良品とかじゃないわよ。別名、裂かば刀。みてのとおり、刃のない刀。なんか、あんたに合いそうだったから」〔ファッション感覚?〕ミクリオの力強いツッコミに返す者もなく、ライラもエドナも顔を見合わせて肩をすくめる。


「 戦争をしに行くんじゃない 」
「 ?! 」
「 なんか、そんな顔にみえたから。がんばっておいで。あたしは、ここであんたたちを見守ることしか出来ないから 」
「 、さん 」
「 でいいわよ、こそばゆい。きっと、あんたたちを守ってくれるわ 」
「 ありがとう、。大切にする 」
「 ああ、アリーシャは戦争が終わったらちゃんと返しに来るんだぞ 」
「 え?くれたんじゃないのか? 」
「 当たり前だ。お代もなしにくれるやつがあるか 」
「 スレイ〜 」
「 スレイのは切りたくても切れない剣だからな、あたしも持て余してたし、あれはあいつにあげたんだ 」


 〔素直じゃないな〜〕〔無事かどうか、確かめたいんですわ、きっと〕〔戦士ってホント、面倒ね〕「アリーシャ、そろそろ時間だろ」「そうだった。じゃあ、行ってくる、」「生きて帰れ。あたしが言いたいことは、それだけだ」「、俺には?」「アリーシャを死なせたら、一生呪ってやる」「えぇ〜」「冗談だよ」ぽんぽん、やんわりと笑みを浮かべながら、スレイの頭を撫でる。「ね、今度武術教えてよ」「無事、戻ってきたら、それも出来るだろう」「うん、わかった。約束!」束の間の指切りのあと、ふたりは颯爽と馬の背にまたがった。「また会おう。アリーシャ、そしてスレイ」届くか届かないかわからない、か細い声に気づいていたのは、三人の天族だけだった。





あなたにはわからない今日がある武術i家ヒロイン、はじめましてのお話。スレイたちが戦場に旅立つ前くらい。