パチパチ、パチパチ、囲炉裏の炎が細やかに飛散し、ねずみ色の灰で汚していく。そのさまはちょうど、今現在の己の心にどことなく似ている気がして、自嘲するように口の端を曲げる。
 夜更けに遠征から帰還した薬研藤四郎はお風呂や食事もそこそこに、珍しく戻ってきているという主・に挨拶をしようと思い立ち、お盆にお茶菓子を乗せる。そこまで準備を整えて、はた、と我に返る。はほんとうに、自分のこういうもてなしを喜んでくれるだろうか。それ以前に、こんな夜更けに尋ねて門前払いを受けないだろうか。しばらく会わないと、良くない考えばかりが浮かんでは消えていく。そんなふうに、台所で10分ほど立ち往生していると、同じく今回の遠征メンバーだった厚藤四郎が浴衣姿で現れた。聞けば、これから休むところだという。


「 ――― それ、大将にか 」
「 ああ、よくわかったな 」
「 兄貴は短刀のなかでいちばんよく気が利くからな。
  俺はもう大将に挨拶をすませた。いまなら邪魔をされずにすむぜ 」


 おやすみ、という言葉の最後に、ウインクをよこされる始末。どうやら自分の大将への思いは、少なからずこの本丸の複数名には知られているらしい。その事実を改めて自覚して、体中に熱が集まる。「しかし、」冷静になるためにも、心情とは反対の接続語を口にする。それは同時に、”彼女”を好意に思っている者が多くいるということだ。自惚れている場合ではない。ほんのすこしの危機感が芽生えたところで、薬研藤四郎は深く深呼吸をしてお盆を握りなおす。大将に、会いに行こう。どうやら、悩んでいる時間はなさそうだ。


――― コンコン、

「 ――― どうぞ 」
「 遠征部隊、薬研藤四郎、帰還の挨拶に参りました 」
「 うん、お帰りなさい。夜も遅いし、ゆっくりしてていいよ 」


 羽織を正し、やんわりと振り返る彼女の表情はどこか懐かしく、それでいてすこしばかりの疲労がにじんでいるようにもみえた。「大将、だいじょうぶか」「わたしはいつだってだいじょうぶですが」さも当然というように、そんな言葉が返ってくる。違う、そうじゃない。どうしてこうも”伝える”ということは難しいんだろう。部隊長や本丸の留守を任されるようになってから感じていた付喪神としての苦悩が、ここにもある。ひとと、付喪神。
 薬研藤四郎は少しばかり歯がゆくなって、ウインドウに夢中になっているの細い肩を、緩く手中に収める。「どうかした?」それでも彼女の声音は優しく、身動きを封じているはずの身体にもなんの変化もみられない。


「 玉集めか 」
「 はい。戦績を確認したり、映像をみたり。結構面白いんですよ 」
「 。いまは敬語はいらない 」
「 ―――!っ、は、い。あっ、う、ん 」
「 いい子だ 」


 薬研藤四郎の程よい低音が、の繊細な聴覚をくすぐる。「お。これ、この前俺っちが里に行ったときのだな」「よく覚えていましたね。このときの戦闘もなかなか面白かったですよ」「あのなぁ、こっちは(あんたのために)かなり必死だったんだが」なかなかに辛辣な言葉に、の肩でうずくまる。笑っているのだろう、心地よい振動が伝わってくる。彼女の黒髪からは、ほのかに湯上りの良い香りがした。それだけのことなのに、嬉しくて心拍数が早くなる。


「 ふふふ。薬研て、玉集めとなると離脱が早いよね 」
「 ――― ほっとけ 」
「 あーおかしい。普段はあんなに強気なのに。極めになると、低レベルスタートだから大変だねぇ 」


 なおもくつくつとおかしそうに笑っているが愛おしくて。ふがいない話ばかりされる自分が歯がゆくて。彼女を包み込んだまま、畳の上に二人そろって倒れこむ。「っ薬研!?」「なに、歯がゆくなったんで。あんたのいう”強気な俺”に戻ってみようかと思ってな」「っな!それはそれ、これはこれでは」「皆、あんたのために必死だってことをわからせておかないとな?」「や、薬研、さん?」ギシギシ、畳の軋む音がやけに大きく聞こえる。先ほどまで嘲笑っていた相手が、いま目の前でとんでもなく柄の悪い笑みを浮かべて牙をむく。午前0時の鐘の音が、部屋中にこだました。



暗闇を潜る導火線