「 ―――ふう、穏やかだなあ 」


神社のあちこちでセミがせわしく鳴いている。久しくもらっていなかったひまをもらい、本丸の留守を薬研藤四郎と堀川国広に任せ、政府からの手紙を手に、は久しぶりの現代を満喫していた。
 西暦2017年、夏―――。
「お姉ちゃーん。お客さん−」「はいはい、いまいく。こっちのことは任せたからね、相棒」トントンと軽く床をたたき、式神を人形のこどもに変化させる。


「 土日はやっぱりお客さん多いね 」
「 あんたたちにはいつも感謝してますよ− 」
「 これのこと? 」


 くすくすと笑いながら、妹が栄養ドリンクの箱をみせてくれる。「それもそうだけど。神社の切り盛り。大変でしょ」「バイトにもなるし、あたしは楽しくてやってるからいいの−。ん?」ざあ、と一瞬大きな風が巻き起こって、神妙な気配に包まれる。「ん−?」「あ−あんた、”そういうの”もわかるほうなんだっけ」「気配だけね。さりげに人払いされてるし−。んじゃあたし向こうの掃除でもしてくるわ」「ありがとう」気配の正体を察知したは、ゆるく笑みを浮かべて、本堂の縁側に腰を下ろした。すかさず、人形の式神が現れてお茶菓子などをふるまう。


「 こちらにいらっしゃるとは珍しいですね、こんのすけくん。石切丸さん 」
〔 ―――やはりお気づきでしたか。ご無沙汰してます、どの 〕
〔 こちらにくるのは、以前お手紙をお持ちして以来ですね− 〕
「 ああ、”極”の。こんのすけくんはともかく、石切丸さんまで、どうして? 」


 「おや、何か用がなければ来てはいけませんか?といっても、なかなかあちらとは勝手が違うので、具現化とまではいかないようですが」「わたしの力は弱めてありますからね。もっとも、小狐丸さんやあなた方とは、以前から少々交流はありましたが」「覚えていてくださったんですね。うれしいです」ほっこりと、お茶をすすりながら石切丸が表情を和らげる。そのたびに、木漏れ日が優しく微笑むかのようだった。


「 さしずめ、敵情視察といったところですか? 」
〔 いえいえめっそうもない。少々こちらでの休暇が長いようだったので、
  みなさんに頼まれて様子見をかねて現世遊泳などを 〕
「 遊泳って・・・・・なんか幽霊みたいです、石切丸さん 」
〔 不用意に徘徊しているかのような物言いはやめてくれませんかね 〕
〔 まあまあ。殿を気にかけてくださっているのは事実ですし、このへんにしませんかおふたりとも 〕


 優雅に油揚げを頬張るこんのすけになだめられて、顔を見合わせるなり肩をすくめるふたり。〔こ ちらは随分と暑いですね〕「年々大変だよ−冷風器がだんだん利かなくなってきてるもの」〔殿、知らない間に崩れてますよ〕油揚げを食べ終えたこんのすけが物珍しそうに笑うので、何事かと思いながら彼の言葉の真意を探る。ああそうか、”こちら”では完全にオフモ−ドだから、それでよいのかと尋ねられているのかと物思いに至ったは、くすりと笑みを浮かべた。


「 構わないよ。これがありのままのわたしなんだし、君たちとはこちらでも交流があるわけだしね 」
〔 おやおや、それはそれは。皆様方とは違い、我々には心を開いてくださっているということか。うれしい限りだな、御遣い殿 〕
〔 変なあだ名はやめてください、石切丸殿− 〕
〔 はは、すまない。”こんのすけ”とは、我らとしてもなかなかなじみがなくてな 〕
「 あ、それはわかります。でもかわいいから!わたしはこんのすけくんって呼んでます 」
〔 神聖な遣いをなんという・・・・・・主人に言いつけますよ! 〕
「 どうぞ。わたしはわたしなりに、きちんとお努めを果たしておりますので 」


 〔キィ−!〕動物らしい鳴き声をあげながら、ゴロゴロと縁側でのた打ち回るこんのすけをみやり、も石切丸も”あちら”と変わらず笑いあう。不意にひんやりとした気配に包まれて、は驚いて振り返る。「いしきりまる?」〔思わず安心してしまって。驚かせて申し訳ない、主〕そう言いながらも、小さな身体を包み込む腕は優しい。〔石切丸殿、時々突拍子もないことをしでかしますよね〕〔おや、焼きもちですか?かわいいですね〕〔何をおかしなことを言ってるんですか?ワタシには特等席がありますからご心配には及びません〕〔特等席?〕コトンと首を傾げ、成り行きを見守っていた石切丸は、を腕に包んだまま小さく目を見開いた。


〔 あっずるいです、こんのすけ殿っ 〕
〔 あなたに特等席があるように、ワタシにも特等席があるんです−濡れ衣はやめてください 〕
〔 なっ、にを 〕
「 石切丸さん・・・・・・重い・・・・・ 」
〔 ああ、すみません主 〕


 す、とえりあしに石切丸の冷たくてきれいな指先がやんわりと触れる。「ひぁ、」〔!?〕「ええと、あのっなんでもない、です!」〔そう、ですか?〕〔殿?もしかして〕「あ−あ−!なんでもないったらなんでもないんです!わたしはまだお努めが残っておりますから!どうぞおふたりともお引き取りくださいっ。あっ皆様には近日中に戻りますからと―――石切丸、さん?」顔を真っ赤にして弁明していると、じいっとこちらをみつめている彼と目があった。〔ああ、なんでもありません。ということは、休暇も終わりなんですね〕「うう・・・・残念ながら」〔殿に与えられた夏季休暇は、当人の療養もかねてもともと一か月でしたしね〕〔ああそうか、身体が弱いんだったな〕周囲を恨めしく見回し、人知れずため息を吐いた彼の意図が読めず、首をかしげる


〔 ―――では、これを 〕
「 ?? お守り・・・・・ 」
〔 元気になるように。あなたの笑顔がたくさんみられるように 〕
「 わぁ、ありがとうございます石切丸さん! 」
〔 霊力をこめた特別なお守りですね。それじゃあ石切丸殿、我々も殿の貴重な休暇を邪魔せぬよう 〕
〔 ああ、わかっている。それでは主、あちらで待っています 〕


 何か意味を含めたような優しい笑みに一瞬どきりとしながらも「は、は、い、」と細切れに返事をして、ひとりと一匹を見送る。「お姉ちゃん?お話終わった?」「う、うん」「どしたの?顔赤いよ」「なっなんでもない!」「ひょっとしてあっちのお客さん?」「なんでもないったら!わたしお守り捌いてくるっ」「捌くって」境内に軽やかな笑い声が響く。は久しぶりに、本丸に戻る日が楽しみに思えてならなかった。




やさしく煮詰める
石切丸さんと、ある穏やかな日