「 殿〜 」
「 こんのすけくん。こんにちは。君がわざわざ”こちら”にくるということは、さしずめ面倒なお達しでも来たのかな 」


 すう、と目を細めて使いを招き入れる。外見は少女と見紛うほどの幼さだが、この神社を受け継ぐれっきとした社会人女性だ。は背中まである漆黒の長髪をなびかせながら、縁側に腰掛けた。無論、使い・こんのすけと話をするためだ。陰陽術といったか、その術のひとつで式神でつくった人型にお茶請けなどを用意させ、もちろんこんのすけのための油揚げも忘れない。まったく、どこまでも抜かりのない人だとこんのすけが嘆息していたところ、は一喜一憂しながら文を読んでいた。ほかの審神者とさして違わない反応に、こんのすけは人知れず笑みを浮かべた。


「 きゅ、96時間、ですか 」
「 長い、ですか 」
「 んんーですがやはり成長したみなさんを見たい我々としましては、
  貴重な戦力を欠いてでもその姿を拝見してみたいものですね。実に興味深いですが、悩ましい案件です 」
「 殿らしい反応ですね 」


 油揚げを食べ終えたこんのすけはふとをみやり、興味半分心配半分といった、なんとも言い難い表情の彼女に「どうします?公表しますか?」と尋ねた。ゆるゆると顔をあげたは、ほんのすこし眉間にしわをよせて、ふるふると首を振った。「皆さんがこぞって行きたいと言い出すのは目に見えていますし、いらぬ混乱を招きかねません。わたしが自分で決めて、戦力分布など状況判断したうえで本人に話します」「そうですか。わかりました。思いのほか、早い決断でしたね」瞬きしながら話すこんのすけに、すこし困ったように笑みを浮かべる
 「チャンスはすこしでも逃したくありません。明日にでも、該当者に話をつけます」「了解しました〜」「それからこんのすけくん」「はい?」「あくまでも、みなさんには内密に」「はいはい、わかっていますよ〜ではあちらでお待ちしていますね〜」飄々と言葉を残して去っていくこんのすけの気配をたどりながら、はやれやれと肩をすくめた。「まったく。わたしの本丸で該当者といったら、彼しかいないじゃないですか」怒りをにじませた声音は、しかし誰に届くでもなく風に流されていった。翌日―――異空間、の本丸。夕刻に帰還した本丸の主、を迎えたその日の近時・薬研藤四郎は、のわずかな違和感に目ざとく気づいていた。


「 大将?なんかあったか 」
「 え?なにもありませんが、わたしの顔になにかついてます? 」
「 いやなんだ、難しい顔をしている 」


 すこし困ったように笑う薬研藤四郎に、だいじょうぶだよと彼の頭を撫で、ほかの者との会話も手短に執務室へ向かうの背を、薬研藤四郎はやはりどこか腑に落ちない様子で見送っていた。「主さん、元気ないですね」「堀川国広」「あなたも知っているでしょう、僕たちがまた成長出来るかもしれないって噂」「ああ、極め、ってやつか」ぽつりとつぶやいた薬研藤四郎に、肩をすくめて頷く堀川国広。彼もまた、夕飯の支度を終えたところだという。各自、自分の仕事にキリをつけ、主君とすごそうか、自由にすごそうかと各々思案にふける中、薬研藤四郎は燭台切光忠に呼ばれ、夕食までの間鍛錬してすごすことになった。そうして皆が寝静まった、深夜。「呼んだか、大将」「こんばんは。ごめんなさい、お休み前に」「いや?俺もいつ大将のところにいこうかと考えていたところだ」に、と浮かべる嬉しそうな笑顔。不思議と、こちらまで嬉しくなる。薬研藤四郎を炬燵まで招き入れ、それぞれに一息つく。「堀川が心配していた」「ふ〜長くいると色々わかっちゃうもんだねぇ」「堀川だけじゃない、ほかのみんなも気づいている様子だったぞ。もちろん、俺も心配している」す、と薬研藤四郎の白い腕が伸びてくる。さりげなく”そういうこと”が出来てしまう性格だと跳ねる鼓動を落ち着かせる。


「 ――― あ、ありがとうございます。ほんとうに、大したことではありませんから 」
「 じゃあ聞くが大将、なんでさっきから俺の目を見て話さない? 」


 ふい、と薬研藤四郎に目を向けると、すこし怒ったような――――いや、どちらかといえばすねているような瞳とかち合った。「心配性だなあみんなして」「主の心配をするのは当然のことだ。それに」「?」前触れもなく奪われる呼吸。「は、っ、なにを」「面白すぎるあんたが悪い」「えぇ?わたしのせいなんですかそれ?」「教えてくれ。なにがあったんだ?向こうで。じゃないと、きょうは眠れそうにない」先ほどの一件を話してくれるまで休まない、と真剣なまなざしを向けてくる薬研藤四郎。「頭にきた」「は?」「あんたに遠慮してる俺がバカみたいだ」そういって一度目を閉じたかと思うと、半ば詰め寄る形で奪うようにを自分の腕の中に閉じ込める。「やげ、」「藤四郎」「え」瞳の奥で名前で呼べ、と訴えかける薬研藤四郎に、耳まで顔を赤く染めながら「とうし、ろう」いまにも消えてしまいそうな声でつぶやくの唇を、また力強くふさぐ。同時に噛め取られる舌に、口腔内が熱を帯びていく。「ん、んん、っ」「どうだ、吐いてくれる気になったか」「吐く、とは、」「あんたの悩みを聞けないくらい俺たちは信用ないのかって聞いてんだ」言いながら、衣服の中に手が伸びる。ほとんど、無意識だった。「そんな、ことは」震える声、震えるからだ。そのどれもが愛らしくて、自分のためだとおもうと心身が震えた。「とうし、ろ、」「なんだ」「こ、こ、仕事べや、」すこし乱れた衣服の影から、の細く白い肩甲骨が目に見えるなり、薬研藤四郎は半ば意地悪くのそれにかみついた。「ひゃ、」か細く震える声に、また心が震えた。「」「やげ、」「”藤四郎”」「とうしろ、」「あんたってホント、かわいいな」朱色に色づいた肩にゆるく舌を這わせると、ぴくり、と彼女の身体が震えた。


「 要件、は、もう、どうでもいいんです、か 」
「 すまない、気が変わった。堪能してから、吐かせることにする 」
「 たん、?! 」


 目を見開いて反論の意を唱えようとするの唇をまた強引に奪う。「大将、だいじょうぶだ。俺はこの先もずっと、前の主に心が戻ることはない」口づけの合間にそう意味合いを含めて、何度も、何度も、確かめ合うように彼女とおなじそれを重ねた。4日分の思いを重ね、薬研藤四郎は修行に行くといった。「ご武運を」「言葉の割に、嬉しそうですね殿」兄弟たちに見送られ出て行った方角をみやり、傍らに腰掛けるこんのすけを振り返る。「そんなふうにみえますか」「ええ。4日もあえないというのに」「だいじょうぶですよ。だって」「?」首をかしげるこんのすけに、はゆるく微笑むだけだった。



預ける心の一つか二つ
「4日後には4日後の”お楽しみ”というものがあるでしょう? 」