「 さっきまでの騒々しさがうそみたいだなー 」


 縁側に腰を下ろし、柱に背を預けながら就寝前に堀川国広が用意してくれたホットミルク、というものを含んでみる。ほんのり優しい味わいが口腔内に広がって、思わずふう、と一息こぼれる。以前はこういった習慣はなかったのだが、夜遅くに帰還する刀剣たちのためにと主・が始めたもので、戦闘で高ぶったままでは眠るのことは難しいだろうという彼女の気遣いなのだそうだ。確か、の本業は巫女のはずであったが、どうしてそんなことまで知っているのかと尋ねてみると、調べ物の最中に息抜きとして手に取った「よく眠れる本」という本に書いてあったらしい。新しく仕入れた知識は実践してみる、主の性分のようなもので、周囲にいた刀剣たちも感心していたのを不意に思い出した。


「 ……しっかし、今夜は冷えるな 」


 現世と感覚が鈍らないよう、気候だけは合わせてあるのだと言っていた。今朝から降り続いていた雪はいまは落ち着き、木造の廊下を歩くのが少々億劫に思えたが、時折眉間にしわを寄せて身震いをしている兄弟をみていると、さすがにどうにかしてあげなくてはと、ホットミルクを飲み干して立ち上がる。スト−ブといったか、現世の機械を数台持ち込み、何度か往復したところで母屋に明かりがついていることに気が付いた。「?」まだ起きているのかと嘆息し、広間の時計を仰ぐ。時刻は午前2時をすぎたところだった。「何かつくっていくか」何か残っていないかと台所を物色する。ちょうど夕べは宴会だったこともあり、ス−プとおにぎりが残っていた。ス−プを温め、入れなおしたホットミルクをふたつお盆に乗せる。の喜ぶ顔を思い浮かべたら、自然と表情が緩んだ。「……俺は変態か」ふと我に返り気を取り直して、の部屋の障子をあける。


「 …、そろそろ休め…、あれ 」
「 う−ん…… 」


 思いのほか暖かい室内に驚いたこともそうだが、何より思っていたどの様子よりも違っていて、薬研は何度か目を瞬いた。ちいさな居間の中央には炬燵、という現世の円卓があり、は調べ物の最中に居眠りをしてしまったらしい、寒さのせいか時折眉間にしわを寄せていた。「どんな夢をみてるんだろうなァ」さりげなく炬燵に入り込み、の寝顔を眺めながらホットミルクをすする。さらさらした黒髪が時折かぶさっているさまが気になり、そうっと垂れた髪を耳にかける。それだけのことなのにそわそわ、指先が落ち着かない。


「 ん……いま何時…… 」
「 2時だな 」
「 うわっ?薬研?お、おはよう…… 」
「 寝ぼけてんな−。おそよう。だいじょうぶか、あんた 」


 のどの奥でくつくつ笑いながら、寝ぼけ眼のもかわいいなあなんて思いながら彼女をみやる。「……いい匂い」「腹減ったかと思って、残り物持ってきた。食うか」「さすが薬研!気が利く−。ちょうどお腹すいてたんだ」「そうか、無駄にならなくて良かった」ニカ、と笑ってみせれば、も心底うれしそうに微笑む。
 「しかしいいもんだな−炬燵ってのも」「出られなくなっちゃって困るんだけどね」「なるほど、らしい」「もう。薬研のおにぎりあげないよ」「俺は別に腹減ってないから」言ったそばから、くうっとふたりそろってお腹が鳴った。言われてみれば、深夜2時だ。いくら宴でたらふく食べたとしても、身体は正直ということか。ひとしきり笑いあったところで軽い夜食をすませる。


「 …いつもこんな遅くまで調べものか 」
「 手紙とか、いろいろ。片付けきれなくてね。毎日のこともあるし。
  あ、気にしないで!別にわたしが楽しくてやってるだけだから……薬研? 」


 違和感に驚いたのだろう、目を瞬きながらたじろいている様子がかわいらしい。「どうした」「くすぐったいんですけども」「奇遇じゃね−か、俺もだ」「眠れなくなっても知らないよ」「あいにくずっと高ぶったままなんだが」正確に言うと最後に戦ってから結構な時間が経っているのだが、そんなことでさえもどうでもよく思えてしまうくらい、の近くにいたかった。密閉された空間、深夜の静寂、すこし離れた円卓の上 ――― 必然的に、両の唇が重なった。


夜をくるむ温度

主×薬研×こたつ