「イオン様…こんな時間に呼び出したりしてどうしたんだろう」寝静まったダアトは、なんだか不思議な感じがする。星星だけが瞬いて、囁いて、見下ろしているこの世界に、自分ひとりでいるとなぜだか不安になった。この広い世界に自分ひとりしかいないんじゃないかって、そんなありもしない幻想を抱いてしまうのだ。だけど、大丈夫だと心の奥では気付いている。自分には、わたしにはイオン様がいる。はじめて出会ったあの日から恋い焦がれて、人目を忍んでお付き合いをするようになるまで、ずっといっしょにいた ―――― いや、正しくは「いてくれた」だ。どちらにしても、イオン様とはこれからもずっと先の未来まで、いっしょにいられるってゆめみてた。絶対的な自信すら、あった。それなのに、心の奥底にあるもうひとつの不安だけはどうしてだか拭えることはなかった。そしてその不安が核心に迫るまで、それほど時間はかからなかった。


「 ――― ○、 」
「 イオン、様?吃驚した…どうぞこちらへ 」
「 …うん。お待たせしてすみません、○ 」
「 ううん、平気。それよりイオン様…なんだか元気ないですね 」
「 そんなことありません、○の気の所為ですよきっと 」
「 そう、ですか?そうだと良いんですけど… きょうも星が綺麗ですね 」


「ええ…」イオンは呟くようにそう言って、ゆっくりと○の隣に腰かけた。まるで、この時間を少しでも長くしようともがいているようにも見えた。そんなのイオン様らしくないよねって思うことにして、○はぶんぶんと首を振りもう一度星星の煌めく夜空を仰いだ(そう言えば、きょうはやけに名前を呼ぶなって、思ったりもしたけど)。「○」「…はい?」「ひょっとしたら僕は遠くない将来、あの星の一部になるのかもしれません」突然巻き上がった風の所為で、イオン様の言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。やっぱり、何かが妙だ。いつも以上に名前を呼んでくれるイオン様もそうだけど、世界全体が揺らいでいるようなそんな感じだ。 ―――― なんだか、落ち着かない。こういうのを世間一般の人たちは胸騒ぎだとか虫の知らせだとか呼ぶのだろうか。


「 だから、沢山○に僕の気持ちを伝えておきたいんです 」
「 イオン様…? 」
「 ○はちゃんと、僕の言ったことを覚えていてくれますか 」
「 もちろんです。イオン様とした約束も、伝えてくれた言葉も全部、覚えています 」
「 ――― 良かった、 」
「 イオン様、ほんとうにどうしたんですか?お疲れならお部屋で休まれたほうが 」
「 そんなんじゃないんです、○。休むよりもいまは…○といたいんです 」
「 イオン、様 」


嬉しいような、怖いような。なんとも言えない感情に、困惑した。イオンがあまりにも真剣にそういうから、○もまた彼の表情ひとつひとつを見落とさないようにしようと懸命になった(だけど、だけど ―――― この暗闇の所為で良くは、見えないよ)。イオンはいつものように力なくほほ笑んで、光り輝く星をひとつ指さした。その星は、すこし前まで自分が見ていた星で、イオンにはやっぱり読心術があるんじゃないかと胸が高鳴った。


「 あの星を、○にあげます 」
「 …イオン様、あれは 」
「 分かってますよ、あれは預言を詠む僕たちにとって大事なものです。
  だけどいまは、夜空にあるべき星ということにしておいてください。良いですか?○ 」
「 は、はい… 」
「 どっちでも良いですけどね。僕としては 」


「え」イオンの意外ともいえる言葉に、○は眼を瞬いて首をかしげた。「どちらにしても、僕たちにとっては大切なものなんです。それを○にあげるんですから、意味に違いはありません」「はあ…」分かったような、分からないような。そんな顔をしていると気付かれたらしい、イオンがすこし困ったように笑ったのが分かった。だからすこしだけ、胸がくすぐったい。この言葉も、この笑顔も、全部自分のためなんだと思ったら、嬉しくなって○も立ち上がった。すこしでも、イオンがくれると言ったあの星に近づけるように、両手を伸ばす。


「 僕は ―――― あの星に誓います 」
「 え?イオン様、まさか、 」
「 結婚、してください 」
「 え、ええっ 」
「 あなたといっしょじゃなきゃダメみたいなんです、僕 」
「 ―――― イオン様っ 」
「 は、はい? 」
「 そんな…そんな、突然すぎます!! 」
「 え、すみません…?そんなに嫌、でしたか… 」
「 嫌なわけないじゃないですか。 ――――― はい 」


眼がしらが熱くならないうちに、○はくるりとイオンを振り返った。見下ろしてみると、うずくまったままのイオンがいて、また体調を崩されたんだろうかと慌てて自分もしゃがみこむ。「い…」「い?」「言えた…!」「へ?イ…イオン様?具合が悪くて座られていたのでは、」「違いますよ-。緊張の糸が切れたんです、ぷつんと」「はあ-そうだったんですか!吃驚したあ」しばらく背中をさすっていた○もホッと安堵して、もう一度立ち上がろうと試みた ―――― だけどもその行動は、○の手首をつかんだイオンによって阻まれてしまった。「え…え?」「出来ればこのまま…この幸せを閉じ込めてしまいたい…です」イオンに抱きしめられたまま、○ははっとした。イオンの声はいつものように凛としているのに、震えている。泣いていないけど、心が泣いている。絶頂だった幸せが、すこしずつ降下しているような気がした。


「 ありがとうございます、イオン様 」
「 ○? 」
「 わたし、イオン様のそのお言葉を聞けただけでとても嬉しいです 」
「 ○、どうして、 」
「 女のカンですよ、イオン様。どれだけお付き合いしてると思ってるんですか?
  それにいつも恥ずかしがってあまり名前を呼ぼうとしないイオン様が、やけに沢山名前を呼んでくださっていましたしね 」
「 はは…そうでしたか、御見それしました。まあその時間も、決して多いとは言えませんでしたけどね 」
「 いいえ、イオン様。わたしには十分すぎるくらい、長く感じました 」
「 ○…ほんとうに、君で良かったです 」


気がついたらイオンの震えはとまっていたけど、抱きしめることをやめようとは思わなかった。ずっとこうしていればイオンと離れることはないなんて悪あがきは通用しないと、分かっていたのに。イオンの肩越しに見える、あの誓いの星はなぜだかいまの自分の心を表しているようで、途端に切なくなった。「泣かないで…泣かないで、」心の中で呟いて、○はそっと気付かれないように涙を流した。これは、悲しみの涙なんかじゃない。だいすきなイオンからプロポ-ズを受けて嬉し泣きをしているのだと、なんどもなんども言い聞かせるようにしながら。



泣き顔のステラ