ミ−ンミンミン、きょうもセミが忙しく啼いている。夏真っ盛り、そう表現するに相応しい初夏の午後。世間一般には夏休みと言う長期休暇を迎えているというのに、どういうわけかあたし、・はきょうもきょうとて学校に来ている。別に「学校だいすき!」っていうガリ勉くんでも、「友達に会いに来てます」なんていうギャルっ子でもない(こんなこと言ったら全国のガリベンくん、ギャルっ子に失礼だね!あくまで説明ですあくまで)。机上にはちょっとまえに先生から解け、って言われて手渡された数学のプリントがある―――そう、あたしは数学の補習に来ている。言うまでもなく、期末テストの成績が悪かったからだ(うう…)。あたしが項垂れていると、ガラガラッと教室の扉が開いて数学教師のガイ・セシル先生が現れた。 「どうだい?そろそろ終わりそうかい?」 「ぜんぜんだめです先生、あたしが数学苦手なのご存知でしょう?」 「ははは、もちろんだよ・。だからこそ君に苦手科目を克服してもらいたいんじゃないか」 「はあ…先生のその、楽天的な思考がうらやましいです…」 朗らかに笑っていたガイ先生は「ん?」なんて言って首をかしげている。くっそう、そんな仕草まで男前だ。先輩たちがキャ−キャ−騒ぐのもなんとなくわかるような気がする。きっと大学時代なんかはすごくモテたりしたんだろうなあなんて考えていると、不意にガイ先生が眼鏡を取り出してすっと耳にかけた。「えっ先生って視力悪かったんですか?知らなかったです」あたしが驚いたふうにそう言ってみれば、ガイ先生はまた笑って「はは、普段はね。ある子に「先生は眼鏡してないほうが格好良いです」って言われたことがきっかけでコンタクトしてるんだけどきょう生徒は君だけだし…なんていうか…うん、特別」と言った。あれっ?なんだか心臓が騒がしい。それに比例するように、キュッて胸が締め付けられる(なんだろう、この懐かしい感じ)。 「?どうしたんだい?具合でも悪いなら」 「いえ大丈夫です!それより先生教えてください!あたしこのままじゃ帰れないです…」 「う〜ん、まあオレとしてはどっちでも良いんだけど…分かった分かった。もう冗談は言わないよ」 「先生…冗談にしたってタチ悪いです…」 「ん、そうかい?気分を害したなら謝るよ。さあ始めよう、ほんとうに帰れなくなるよ」 「は−い」 ため息交じりに返事をする。だけどどんなに説明してもらっても、数学がからきし苦手なあたしがそう簡単に理解出来るはずもなく、時間だけが空しくすぎていく。午後も三時近くになり、普段から集中力が持続しないあたしにとってはそろそ限界だった。「う〜ん、これは筋金入りだなあ」流石のガイ先生もため息を吐いてちょっと困ったふうに笑った。その笑顔が妙に寂しそうで、あたしの胸はまた、なんだか強く締め付けられた。ガイ先生にこんな顔をさせるなんて、あたし女子として失格だ。きっとこんな場面を誰かに見られたら(特に女子の先輩方)すごいブ−イングが飛んで来そうだ。考えただけで恐ろしい。 「ちょっと休憩しようか、疲れただろう」 「でも」 「そんな顔をしなくても大丈夫って。あしたまた来なくちゃならなくなるだけだから」 「うへ−、先生はあたしを休みの間学校にしばりつけておく気だ−」 「当り前だろ?補習の課題が終わらないんだからそれくらいの覚悟がないと…な」 「先生の意地悪−!」 お菓子とジュ−スを取り出して、ひとりティ−タイムを始める。ジュ−スをひと口飲み込んだに、何を思ったのかガイ先生は「あ−なんか俺も喉渇いたなあ…それ少し分けてくれないかい?」なんてことを言いだした。あたしは思わず飲みかけていたジュ−スを吹き出し、もう一度自分の耳を疑った。眼を丸くしてガイ先生を凝視してみれば、ガイ先生は「だめかい?職員室まで取りに行くの、結構面倒なんだよ」と言ってはにかんだ(先生、その笑顔は反則です)。だから仕方なく、はこっそりと軽く飲み口をふき取って、ガイ先生に手渡した。いったい、このひとはなにを考えているんだろう?かっきからわけのわからないことばかりだ。 「ありがとな、助かった」 「助かったって、先生職員室にいたなら飲んで来れば良かったのに…」 「忘れてた」 「も−!先生っ!早く再開しましょう!心臓に悪いです!」 「ん?」 「いやなんでもありません、早く終わらせたいので…」 「まあ終わる兆しは一向に見えないけどな−」 「先生…」 「分かった分かった、はせっかちなんだなあ」 ガイ先生はそう言って笑い、ボールペンを取り出して採点を始めた。「おしかったな、残り半分。まあきょうは頑張ったし、これくらいにしよう!あしたはやり直ししたプリントを持ってくること。そうしたら新たらしい課題を渡すよ」ガイ先生はそう言って悪戯っぽくほほ笑み、採点の終わったプリントをに手渡した。不意に、ガイ先生の小指との小指が絡み合ったような気がして、は思わず「へあ!?」なんていう変な声を出してしまっていた。なんだかきょうは調子を狂わされてばかりだ。 「どうしたんだい?急に変な声出したりして…?」 「な、ななななな、なん、なんでもないです!ありがとうございましたっさようなら!」 「あっ!あしたもお昼からだからな!忘れないように!」 ガイ先生の声が、背中越しに聞こえる。分かっている、そんなことは。だけどいまは意思表示が出来る余裕なんてこれっぽっちもなくて、玄関に向かってひたすら廊下を走った。ドクドクと、体中の血液が脈打っている―――それは果たして力の限り走ったからか、はたまたガイ先生の意外な行動の数々からかは予測もつかない。ただひとつ確かに言えるのは、指先がどうしようもなく、この夏の暑さみたいに熱を帯びているということだけだ(そう言えばガイ先生は女性恐怖症だったんじゃないかってことを思い出したのは、それからしばらく経ってからだった)。 するりと優しく溶け込む、それは |