(※現代パラレルでふたりともなんだか大学生ぽいです!)



数時間前から振り出した雨は、細かくその線を引きながら、さぁさぁと静かに上から下へ、上から下へと一片の乱れもなく落ちていく。 そう言えばずいぶんまえに、「雨は嫌いですか」と誰かに聞かれたことがあったっけ。は頬杖をついて、ぼんやりと雨の降る様子を眺めていた。 雨は ―― 嫌いじゃない。すべてのものに、恵をもたらしてくれる雨。わたしたちの暮らしに欠かすことの出来ない水を含んだ雨。 そりゃあ、多少不便なことはあるけれども、雨のあとの瑞々しい空気とかひょっとしたら見られるかもしれない虹を楽しみに待つこととか考えたら、雨もまんざらじゃないなと思える。


「あれ、?帰ったんじゃなかったのかい?」
「…ガイ、どうしたの?帰ったんじゃなかった?」
「そりゃお前…お互い様だろ。俺はちょっと置き傘を取りに…は?」
「別に…ぼんやりしてただけ」


そう言って笑みを浮かべたの表情はどこか寂しそうで、それでいて細められた瞳はとても優しかった。少し経って講堂に入ったガイはぴん・ときて、「傘…持ってないのか?」とに尋ねた。すると彼女は少し途方にくれたように肩をすくめて、困ったように笑って頷いた。は、いつも笑っている。その笑顔が崩れることはなく、ガイはその笑顔にすら違和感を覚えたほどだった。 「そう言えばガイ…きょう部活なくなったんだって?」振り返ることもせず、は唐突にそう言って、相変わらず降り止む気配のない雨を眺めた。


「え…、ああ、うん。それにしても…どうしてきみがそれを…?」
「さっきここを通りかかった、ガイとおんなじ部活生の子たちが話してたの」
「ああ…そうなのか。て!そんなにここにいたのか?まさか帰りたくないとかじゃないだろ?」
「ふふ、もちろんだよ。ほんとうに、ただちょっとぼんやりしてただけだから…優しいんだね、ガイは」


はそう言って、ようやくガイのほうを振り返り、微笑んだ。今度は、ほんとうに少女らしい優しい笑顔で、ガイは心のそこから安堵した。 「帰ろう、傘…入れてやるから」力のない笑みを浮かべたガイはそう言って、こいこい、と扉のほうから手招きをした。 申し訳なく思いながら、はおもむろに立ち上がり、講堂から出て行った。もちろん、ガイとふたりで。時刻はもう五時で、がいつも講義を受けているこの講堂にはもう人ひとりいない。


「でも、珍しいね?ガイが忘れ物だなんて」
「そうかい?俺だって、忘れ物くらいするし間違うこともあるさ。だってそうだろ?」
「ええ。だけど、成績優秀なあなたがこんなミスするなんてなんだかおかしくて」
「あのな−、そりゃ少しは頭も良いかもしれないけど万能なわけじゃあないんだぞ」


ガイはあきれたふうにそう言って、ゆるゆると隣を歩くを見ることなく見つめる。ほんとうは、傘を取りにきたのなんて、ただの口実に過ぎないんだ(傘なんて、別に置き傘じゃなくても良いし)。 講堂にひとり座っているが気になったから ―― 雨を眺めているその姿に見入ってしまっていたから、思わず声をかけたんだ・なんてことを言えるはずもなく、 ガイはなるべくゆっくりと、の歩調に合わせるようにして歩いた。普段あまり話さないだから、もっといっしょにこうしていたいと言うのがほんとうのところだけれど、 それもなんだか気恥ずかしくて直接彼女に言える気がしない。だから、いまの自分に出来ることは、少しでもゆっくり歩くことくらいだった。


「ガイ…どうしたの?黙り込んじゃって」
「え?ああ、すまない…なんでもないよ」
「ほんとう?わたしなんかに見とれたって、一銭の得にもならないよ?」


くすくす、と笑いながら言われて、ガイはどくん、と心臓が大きく跳ね上がったのを感じた。こんなこと、いままでにない経験だったから、素直に驚いた。 何か言わなくちゃ・と脳内でもうひとりの自分がせかすけれど、結局言葉が出てこなかったから、そんなんじゃないよ・と愛想笑いを浮かべることくらいしか出来なかった。 そうしているうちに玄関口が見えて、「あ…」とが口を開いたから、ガイは少しだけ気落ちしたような気分になった。ガイもまたくつを履き替えて、玄関口の軒下に立ってを待った。


「雨…、やまないなあ」
、良かったら俺の傘に入らないか?向こうの空、晴れてきてるからすぐやむと思うし」
「ほんとうに、やむと思う?」
「ああ、やむさ!やまない雨はないんだからな」


そう言ってガイはニカッと笑って、この雨をうそみたいに ―― 魔法みたいに否定して、の足を急かした。まるで早くしないと雨が止んでしまう・と言っているようにも思えたけれど、あんまり気にしすぎないようにしよう。 そういえば、どうしてガイはわざわざ置き傘を取りに来たんだろう。いまさらだけれど、はそんなことを思った。ガイなら、こんな事態を予測して傘くらい準備しているだろうに。は傘の柄を持って緩やかに隣を歩いているガイの横顔を、なんとなく見つめた。その表情は、自分なんかとはまったく違っていて、とても穏やかでとても優しかった。


「ガイ…?」
「ん、どうしたんだい?
「なんでもない。ありがと、傘…入れてくれて」
「ああ、どういたしまして。俺がそうしたかったんだから、が気にすることないさ」
「ふふ…ガイってほんとうにお人よし。いろいろ考えてたわたしがばかみたい…きょうはガイに会えてほんとうに良かった」


がそう言って、あまりにも綺麗な顔をして微笑むから、ガイは思わず足を止めてしまった。当然のように、も足を止めて「…ガイ?」となんともかわいらしく首を傾げた。 再度名前を呼ばれてわれに返ったガイは「大丈夫、なんでもないよ。止まってしまって、すまなかった」と言って詫び、もう一度歩き始めた。なんだろう…きょうはひょっとしたらすごくラッキ−なんじゃないか・って思うくらい、幸せだ。 こんな気持ちがなんていう名前なのかは分からないけれど ―― きっと、こんなふうに思えるのも、といるからだと自然にそう思えた。


「こちらこそ、無理言ったのにありがとな。おかげで良い時間がすごせたよ」


ガイはそう言って微笑み、ほんの少し空を仰いだ。もガイに習って、そっと傘の外をのぞきこむ。ガイの言ったとおり、雨はもうすぐあがりそうだ。



をひらいてあの子を招く
... だいすきなみっこちゃんへ多大なる感謝と敬愛をこめて! ...