「ティア?」「…?」かつてのロ−レライ教団総本山であったダアトの教会で、は懐かしい面影を見つけて思わず声をかけた。 振り返った少女は、見覚えのあるマロンペ−スト色の髪をなびかせて、前髪を少し押さえるようにしてこちらを見た。前髪に隠された瞳からは、 表情を読むことは出来ない。けれども、微笑んでいるそのことだけは、すぐに分かった。やはり、嬉しいのだと思ったは、ふわりと微笑んだ。

「久しぶりね。お祈りに来たの?」
「はい…、あとイオンさまのお墓参りに…」
「…そうだったの。中に入る?立ち話もなんでしょうし」
「大丈夫です、こう見えてお仕事中なんですよ、わたしも」
「そういえば…視察中だったわね。ダアトと…ええと」

何処だったかしら、とあごに人差し指を添えるティアを見つめ、はくすくすと笑みを浮かべながら「ユリアシティ…ティアの故郷ですよ」と言った。 するとティアは納得したように手をぽん、とたたいて「そうだったわね。じゃあ、お父様のところへ?」と、そう尋ねた。はただ静かに頷いた。 「ちょうど良かった。わたしもこれから一度お父様に会おうと思っていたの。良かったらいっしょにどうかしら」そんな、思いもよらない提案に、は嬉しくなって思わず高めの声で「良いんですか?」と彼女の手を握り締めた。案の定ティアは驚いた様子を見せたけれど「え、ええ」と言ってくれた。

「でも、安心したわ。も元気そうで」
「わたしもです。…ん?わたしも、ということは誰かにお会いになったんですか?」
「アニスとは同じ教団員だから良く会うし…このまえは視察だとかでナタリアにも会ったわ」
「ナタリア…お元気そうならよかったです。アニスも…?」
「ええ、相変わらず元気だし金銭に執着しちゃうところも健在だわ」
「ふふ、ほんとうに相変わらずなんですね、アニス」
「ええ、そうね。時々ぼんやりしてることもあるけど…でも、大丈夫よ」

言われて、何も言えなくなる。アニスは、イオンのことがすきだった。それはもちろん、かつての仲間だった自分自身もそうだけれど ―― いっしょにいた時間の長さは、 アニスのほうがずっとずっと長かった。だからこそ、イオンがいないという現実は、彼女にとってはとても信じがたいことに違いない。は、アニスのことを思うと胸が痛くなった。 アニスとは違うとはいえ、自身もイオンのことが大切だったから。自分がガイのことをいちばんに思っているのだということを教えてくれたのも、イオンだった。

「イオン様…お優しくて、ほんとうに素敵な方でしたね…」
「そうね…だからアニスもあんなにすきになったんだと思うわ」
「そうですね…。そういえば…ティアはその…」
「いまでも、ル−クのことを思ってるわ。じゃないとあの場所で歌なんて歌わないもの」
「そうですね…ごめんなさい」
「謝ることなんてないのよ、みんな思ってることなんだろうし、ね」

そう言ってティアは、客室に用意された紅茶をすすった。はそうっと、ティアのほうを見た。ティアは、きっといまでもル−クのことを待っているんだろう。 自分たちと、おんなじように。不意に、ティアはカップを置いて「は…ガイがすきなのね」と言ったのが聞こえて、は顔が火照っていくのを感じた。 その所為ですぐに気づいたんだろう、頷くよりも早くティアは「ほんとうに分かりやすいんだから、は」と言ってくすりと微笑んだ。なんだか、すごく恥ずかしい。 最初にジェイドに指摘されたときもそうだったし、ナタリアやアニスに聞かれたときもそうだった。それなのに、まだ慣れないこの感覚に、はわずかながらに苛立ちを覚えた。

「やっぱり…ティアも気づいていたんですね…」
「ふふ、それはそうよ。気づかないほうがおかしいと思うわ。あのジェイドが気づいたくらいですもの」
「ジェイドは…!あのひとは、目ざとい…ですから」
「へえ…?だけれど、あのひとはこういうことに無頓着だと思っていたけれど?」
「それは、分かりませんが…」
「まぁ、アニスやナタリアなら…気味悪がるかもしれないけれどね」
「…失礼じゃないですか?ティア」
「大丈夫よ、本人がいるわけじゃないんだから」

そうでなくてもくしゃみくらいはしていますよ…、はそう思って少しばかり身震いをした。この場にジェイドがいたら、きっとただのお仕置きだけじゃすまされなかったかもしれない。 本人がいないことを心から感謝しつつ、もティアと同じように紅茶をすすった。ほんのりとした甘さが、口内に広がっていく。まるで恋みたいだ、とは思った。 甘さだけじゃなくて、ほんの少しの苦さも併せ持っているこの紅茶が、恋そのものののようだと思ったは、自嘲気味に笑った。自分は、こんなにもロマンチストだっただろうか、と。 そうじゃなかったはずだ、と。そんなの様子に気づいたらしいティアは、不意に本を読むのをやめて「…どうかしたの?」と言ってきたので、は「なんでもありません」と首を振った。

「…もうすぐつくみたいね」
「…あ」

言われて、窓から外を見下ろす。見覚えのある景色に、も「そうですね」と言って少しだけ残った紅茶を飲み干した。ティアもまた、身支度をすませ、立ち上がった。 「行きましょうか、」ティアのその声を合図に、は静かに頷いて立ち上がった。去り際、はふたつ並んだティ−カップを見つめ、こっそりとため息を吐いた。

せつなくなるまえに