教団の中 ―― 目のまえに見える祭壇を見つめながら、わたし、はきょう何度目になるか分からないため息を吐いた。 正直なところ、途方に暮れているわけではなく、絶望しているわけでもない。だったら良いじゃないか、 どうしてそんなわたしがこんなロ−レライ教団にすがっているんだ、なんて言うひともいるかもしれない。別段、すがっているわけじゃない。 そう、わたしはロ−レライの教団員。だから、ここにいるのはごく当たり前のことなのだ。少しまえまではル−クたちといっしょに行動していたんだけれど、 アニスやティアさんたちの計らいで、イオンとなじみの深いこの場所に残らせてもらうことになった ―― もちろん、長居をするつもりはない。 ル−クたちを待たせているし、こんなところでもたもたしていたら、いつ奴らに引き込まれるか分からないから。 「イオン…ほんとうに、もういないの…?」 両手を組んで、うつむく。大好きだった、イオン。臆病だったわたしは、気持ちこそは言えなかったけれど ―― イオンは、聡明だ。 きっと、こうなること分かっていて、わたしの気持ちも聞かなかったんだろうし、自分の気持ちを告白することもなかったんだと思う。 イオンはそれが、自分なりの優しさなんだって思ってるかもしれないけど、いざ残される者の立場になってみると ―― なんだか、すごく寂しい。 「わたしも…イオンとおんなじところにいけるのかな…。ねぇ、イオン」 少しだけ顔を上げて、降り注ぐ光を仰ぐ。誰にも、告げてはいないけれど ―― ひょっとしたら、ジェイドは気づいているかもしれないけれど。 わたしに残された時間は、もうあまりない。イオンよりもはるかに、体が弱くて、ほんの少し低レベルの譜術を使っただけでも、気を失ってしまう。 その所為で、これまでもイオンだけじゃなくみんなに迷惑をかけてきた。それでも ―― それなのに、みんなはいっしょにいて良いって言ってくれた。 だからわたし、きっとイオンがいなくなってしまってもみんなといっしょに頑張って行けるって思ってた。だけど、 「どうしてかな…?目が熱いよ、イオン…」 呟いてすぐに、一筋の雫が頬を伝った ―― はっとして、驚いた。もう一生、泣くことなんてないって思っていたのに。 あ…イオンとの約束、破っちゃったね…ごめんね、イオン。そんなことを呟いていたら、なんだか昔のことがとても懐かしくなって、不意に目を閉じた。 イオンと初めて出会った日のこと、いろんな初めてだったこと、遠い遠い夏の匂いとか…優しかった日々、柔らかかった時間。 「わたしね、もうそんなに長くないんだって…お医者様がそう言ってたの」 目を閉じたまま、かすかに震えるその声で、そう呟いた。まえにイオンにそう話したら、そうですか、って言って、少しだけ悲しそうな顔して笑った。 それから「だけど…もし僕がとおんなじ立場だったなら…自分を、不幸だとは思いません」と言っていた。 わたしがどうして、と訪ねたら、イオンは「こうしてといられることがとても素晴らしいことに思えるからです」と、笑みを浮かべたまま言った。 そうだ ―― わたしもきっと、不幸なんかじゃない。自分を不幸だって思うことのほうが、何より悲しいことに思えるし…それに、わたしはひとりじゃない。 「イオンもきっと…こんなわたし見てたら悲しむよね…。 うん…わたし、最期までがんばるよ。あきらめないで、生きてみるよ…」 静かに呟いて、ゆっくりと立ち上がる。こぼしたはずの涙は、いつの間にか乾いていて、すさんでいた心も、晴れ渡っている。 うん、大丈夫。イオンはもういないけれど、わたしの中にずっといる。だから、たとえばこれから先落ち込むことがあっても、きっと大丈夫って微笑んで、まえを向ける気がするよ。 「さあ…もう行かなくちゃ。みんなが待ってるもの」言って、祭壇に背を向ける。きっともう、ここへ来ることはないかもしれない。 だけど ―― 忘れはしない。あなたとすごした、かけがえのない時を。あなたのことを、いつまでもずっと。 悲愴を告ぐ |