それは、なにげなく日課の掃除をしていたときのこと。あまりにも突然で摩訶不思議な出会いでした。 「それじゃあ、行ってくるよ」「はいは−い、行ってらっしゃい。あとのことは任せて、しっかり勉強してきてね」「お前こそ、仕事ばっかじゃなくて勉強もしっかりするんだぞ。なるべく早く戻るから」そう言って、父親は定例会だかなんだかに出かけていった。事件は、その頃合を見計らったかのように起きたのです。 「 ――――ふう、良い天気だなあ 」 朝の境内の掃除を終えて一息をついていた、まさにそのとき。ゴトッ――――ご本尊のある本堂から、なにやら不気味な音が聞こえた。職業柄、変な物音を聴いたり妙なうめき声が聞こえたりなんかはしょっちゅうだったが、いまの物音はやけに現実味を帯びていて、はっきり耳に届いた。ただならぬ気配を感じたは、いまや武器化しつつある獲物の日本刀を手に、立ち上がった。チリンチリン――――いまは亡き母の形見である鈴の音が、異様に大きく聞こえたのを、いまでも鮮明なほどに覚えている。忘れることなどできない。ありえるはずのない邂逅。それがいま、目の前で起きている。 「 う、ウッス 」 「 …………へっ 」 しばしの間。泥棒か、はたまた凶暴な霊魂か――――そんな凶悪なものを想像していたは、拍子抜けした。目の前にいるのは、どこにでも普通にいてそうな男の子、もとい日本男児。しかし油断はならない――――が身構えていると、その男の子は慌てて駆け寄ってきた。「ちょ、ちょっとたんま!俺はべつに怪しいもんなんかじゃないぜ?」「…………」「そりゃ、怪しまれても仕方ないけどさ!俺だってわけわかんねんだからいきなり切り込むとかなしだぜなし!」あまりの動揺ぶりがおかしくて、は思わず吹き出した。話くらいは、聞いてあげても良いのかもしれない。「はい、どうぞ」「…………サンキュ」「見た感じ今時の子だけど…………」「どうした?」「なんか変な感じ」「わかるのか」「ふふ。わたしだってあなたみたいなこと何度か経験してるもの。なんていうか…………匂い?」「ふうん、そりゃ話が早いってもんだな」「聞いた話だと、あなたの世界の銃器は5分すれば戻れるのよね」「ああ。でも、なにも起こらない」軽くお茶をすすったあと、少年は腕時計をみやって腕組みをした。妙に様になっていて、思わず見入ってしまっていた。は慌てて首を振って、思案した。このままいっしょにいるわけにはいかない。早々に戻ってもらわなくては。このひとに、いつかの自分とおなじ苦しみを与えてしまう前に。 「 ひとつだけ…………手がないこともないわ 」 「 え…………? 」 「 なによその顔。あなた、帰りたいんじゃないの?もとの世界に 」 「 そりゃあ…………でもなんつ−か 」 「 なによ 」 「 いつもそうだった。すべての物事には理由がある。 だから俺も俺なりに考えたんだ。俺がここに来たのは、なすべきことがあるからじゃないかって 」 「 なすべきこと………… 」 「 あのときも、事故なんjかじゃなかった。だからきっと…………って、おい? 」 「 ああ…………ごめんなさい、話の途中だったね。機械の故障じゃないにしても、長居するわけにはいかないでしょう 」 「 まあ、そうだけど…………なんか、あんた焦ってないか 」 「 ! …………どうしてそう思うの。今度こそ、故障かもしれないじゃない 」 「 ほら、驚いた顔してる。俺がここにいちゃマズイのか? 」 真っ直ぐな眼差し。はもう、なにも言い返せなかった。「まいった。降参」「は?」「あなたに驚く程動揺がないこともそうだけど――――おなじ境遇の人間同志、仲良くやりましょ」「! ああ、よろしくな!」この時の力強い握手と眩しい笑顔が、脳裏に焼きついて離れない。思えばこの瞬間からもう、惹かれていたのかもしれない。 「24歳?!わっか。みえない」「童顔だって言いたいのかよ…………お前こそその、大変だな。その年で2回も時空移動してるなんて」「まあ、ある意味魔法少女なんかよりすごいことよね…………」「他人事かよ」苦笑い。いつからだろう――――このひとの笑い声や仕草ひとつひとつに心動かされるようになってしまったのは。そのたびに、涙が溢れそうになる。いつかは手放さなくちゃいけないのに、どうしておなじ過ちを繰り返してしまうんだろう。そんなふうに、半ば嫌気が指していたころだった。「ここってさ、なんのご利益があんの?」「う、えっ」「なんだよ、顔真っ赤じゃん」「だ、だって…………男の子に、さ、恋愛成就…………とか言えるわけないじゃない」「…………そう、か」売り子の仕事をしていたときのこと、境内の掃除を手伝ってくれていた武君が不意にそんなことを尋ねてくるものだから、お互いなんとなく気まづくなってしまった。気のせいかもしれないが、武君の顔もどことなく赤かったような気がした。もし、ほんとうにそうだったら良いのになんて浅はかな願いは、すぐに消えた。だって――――ダメだ、こんなこと。は決心して、ふたなりの鈴を見下ろした。「お母さん…………力を貸してください」あのひとを、還さなくちゃ。きょうは、満月だ。御神木に残された力を使えば――――きっと、届けてくれる。その日の、夜。 「 よお、。遅かったじゃんか 」 「 ちょっとね、寝坊しちゃって 」 「 なんだよそれ 」 屈託のない会話。屈託のない笑顔。それだけを焼き付けて、少女はあらゆるものに背を向ける。 いまの言葉は、嘘じゃない。夢をみていた。おかしな世界の夢だった。ちいさな子供が拳銃のようなものを乱射している。おそらくそれが、彼の言う「10年バズ−カ」というものだろう。あれがきっと、彼の世界。大切な仲間の待つ、彼が死生を迎えるべき世界。はこぼれそうになる涙を振り払って、御神木に額を着けた。対になる場所で、武君もおなじように額をあわせる。ここなら顔もみえないし、手も届かない。深夜――――満月の力が増幅する時、思いを同調させる。彼の思う場所へ――――どうか。思いと、力の波動が同調する。もうすぐ、さよならだ。次に目をあけた時には、きっと彼はいなくなっている。それでいい――――でも、どうして。「涙が出るの…………」声にならない声でつぶやく。いまでなくちゃ、次の満月には父親が帰ってきている。そうしたら、事情も説明しなければならない。それなのに。どうして――――身体中が、温かい。力の呪縛が解ける。 「 そのまま。動くな 」 「 は…………? 」 「 悪いけど、向こう側から丸見えだから。あんたの不細工な顔。なんかさ、嫌なんだよ。気まずいままお別れなんて 」 「 ………… 」 「 方法があるなら、別にいますぐじゃなくて良いから。説明なら何度でも俺がするし 」 「 …………っ馬鹿 」 「 嬉しいくせに 」 武君の、抱きしめる力が強くなる。耳元で聞こえる確かな息遣いが、くすぐったくて心地良い。溢れる涙が止まらない。振り向くなんて出来っこない。でも――――それでも。この思いだけは、伝えたかった。「武君」「ん」「ありがとう」「俺のほうこそ」に出会えて良かった――――だいすきだ。かすかに胸に響いた声。それから、数刻の後。気配が、ぬくもりが、消えていた――――鈴の音が鳴り響く。何度も、何度も。は、顔をあげて手を振った。さようなら――――愛しい、愛しい、男の子。 タイムマシンに乗って君に会いにいける日まで、さよなら |