" たとえばあなたをすきだと言ったとしよう " 呪文のような言葉が、ハンモックでぼんやりと流れる雲を眺めていた・の脳裏にすこし前から反復されている。理由はただひとつ、その対象者が眼下でとても気持ちよさそうに居眠りをしているからだ。「寝顔も格好良いなんて…反則ですよ」愚痴をこぼしてみても、彼の寝息は乱れることなく一定のリズムが刻まれている。離れていても分かるのは、規則正しく揺れ動いている彼の肩が証明しているからにほかならない。とにかく話を原点に戻してみると、自分はつまり彼 ――― ア−サ−・カ−クランドのことが好きなのだ。この方思いは、かれこれ十年以上になる。はじめて彼のことをすきだと認識した日のことを思い出そうとすると、気が遠くなるくらい昔のことだ。ため息交じりに空を仰ぐ。彼の寝顔を間近で見たくてもそうしようとしないのは、きっといま飛び降りてしまえば彼が起きてしまうと分かっているからだ。それに、この平穏な時間を壊したくはない。 「 ア−サ−さんも…久しぶりの休暇ですしね… 」 その休暇中も、ア−サ−のいるの屋敷では彼宛ての電話がひっきりなしに鳴っていて、これでは休暇どころではないと心配したが、音の遮断されたこの場所を案内したのがすべての始まりなのだが、その直後に寝てしまうだなんていったい誰が想像出来ただろう?は再度ため息を吐くと執事に彼用の毛布を用意するようにこっそりと電話で頼み、ゆらゆらとハンモックを揺らしてヒマを持て余す。午後の心地よい風に、小鳥たちが気持ちよさそうに飛翔している。夏の終わりのこの時期は、嫌いじゃない。熱すぎず冷えすぎず、のお気に入りであるこのハンモックですごすには絶好の気候だからだ。カサ、と音がしたことに気付き執事が来たのだと思ったはそっと眼下を見下ろした。起きないように毛布をかけてくれた執事に向かって親指を突き立てると、彼はおかしそうにはにかんで一礼するなり庭から姿を消した。 「 ほんとうにお優しい方ですね…この屋敷はほんとうに人材に恵まれているようです 」 大きく背伸びをすると同時に、突風にあおられたハンモックがバランスを崩し、はハンモックから真っ逆さまに急降下した。が落下したその場所は、なんといままで居眠りをしていたア−サ−の上だった。「イテテ…?なにしてんだよだいじょうぶか?」ア−サ−の驚いた声。それ以上にこの至近距離に驚いているに、返せる言葉が見つからない。ただただ、ア−サ−の驚いた顔を見つめるばかりだ。「ど、どうした?どこか痛むのか?」コツンと、ア−サ−の額との額が触れ合う。その意外すぎる行動に我に返ったは慌ててア−サ−の上からとびのいた。だけどもあまりに突然すぎたのか躓いてバランスを崩す。倒れる、と思った直後手首を引っ張られの均衡が保たれる。 「 おいおい、慌てすぎだろ 」 「 ご、ごめんなさいア−サ−さん!起こしてしまい、ました 」 「 ああ、どうってことない。寝すぎたって思ってたところだ 」 「 そ、そうでしたか…あのっ 」 「 ん? 」 手首をつかんだままのア−サ−がことんと首をかしげる。は顔を真っ赤にしたまま俯いて、「手、を、離してください…」と言うと、彼は「嫌か?昔は良くこうしてただろ」と言ってはにかんだ。いまの自分には、ア−サ−のこの笑顔はあまりにも眩しすぎて、直視することが出来ない。「わたし、もう子どもじゃありません…」「そうだったな、悪い悪い。折角いっしょにいるんだからたまには良いだろ」そう言われると、「はい…」と返事をするしかなくなる。まったくもって、ア−サ−は自分のことを良く理解していると脱帽する。伊達に幼馴染じゃないと、改めてそう思わされる。じわじわと握られた手先から、浸食されていく。「好きだ」と伝えてたくなってしまう。早くこの手を、離さなくては。早く、早く、 「 ア−サ−さん…あの 」 「 なあ、 」 「 え?は、はい 」 「 もしもの話だぞ。もしも、オレが…その 」 「 え?なんですか?ア−サ−さん 」 「 すまない、やっぱりなんでもない。聞かなかったことにしてくれ 」 ふいっとどこか照れくさそうに顔をそむけるア−サ−の横顔を見つめ、がくすりとほほ笑んで「そういうわけにはいきません。わたしだって、同じことを考えていたかもしれないじゃないですか」と言うとア−サ−はまた驚いたふうにこちらを振り返って眼を丸くした。「?」「なんて、冗談に決まってるじゃないですか−ほんとうにおもしろい方ですね、ア−サ−さんは」は自分の気持ちをごまかすためにそうはぐらかすと、ア−サ−は少し残念そうに肩を落として「そ…そうだよな…」と言って座り込んでしまった。それでも、この手が離れることはない。良い ―――― それで良い、って思った。出来るならば、ずっとこのままでいたい。無理かもしれなくてもせめていま、だけは。 「 も座れよ 」 「 え? 」 「 ずっとこのままじゃ、くたびれて手を離さなくちゃいけなくなるだろ 」 「 だっ…いったいいつまでこうしているつもりですかア−サ−さんはっ 」 「 ずっと 」 「 えっ…? 」 「 なんてな、無理に決まってるよな 」 そう言って寂しそうに笑ったア−サ−の表情が脳裏に焼き付いて離れない。離れようとしない。流れていく時間に逆らおうとする、この手と手のように。同時には、ア−サ−も自分と同じ気持ちなんじゃないかっていう期待と不安の間で揺れていた。「ア−サ−さんは…ずるいです」「ん?」「なんでもありません。そろそろ戻りませんか?日も暮れてきましたし」「仕方ないなあ…ほんとうはもう少しここにいたかったんだが」「そうか…休暇もきょうでおしまいなんでしたね」「次の休みに、また来ても良いか?」「もちろんです。いつでもいらしてください」がそう言ってほほ笑むと、ア−サ−も負けじと笑みを浮かべて「ああ!必ず来る」と言ってすっと手を離した。心なしか名残惜しそうに見えたけれども、それはきっと傲慢にすぎない。たとえば。たとえばいま、あなたをすきだと言ったとしたら? ――――― そんな話をあなたにしてみたら、あなたは笑って頷いてくれますか? 例えばあなたを好きだと言ったとしよう |