とは、小さいころからずっといっしょだった 幼馴染 とかいう関係で、長いこと俺の屋敷に住んでいたのだが、 激化していく戦禍から逃れるため戦力になれないは、やむなく屋敷から非難することになった。遅かれ早かれ、戦禍の火の粉はこの屋敷にも吹きかかってくる。 そのことをうすうす感じていた俺は、そのころ独立したばかりでもっとも安全と思われる アメリカ の家にをよこすことにした。正直、アメリカに頼るのは癪だったが、の命には変えられない。


「行きたくない…ここが良いよ−イギリス−」
「わがまま言うなよ、…そう言っていられる状況じゃないって、お前も分かってるだろ?」
「そうだけど…アメリカなんて、遠いじゃない…ひっく」


手のひらで顔をうずめて、ちょっとまえから泣きじゃくっているを、俺はどうしたものかと後頭部をかきむしった。は昔から泣き虫だったけれど、今回ばかりは言い訳のしようがない。 ここにいたい と言ってくれるの気持ちはとてもありがたいが、を抱えて戦えるほど強いとも言えなくて。だからこそ下した決断なのだけれど――いざ離れるとなると、やはり寂しいものがある。なにより…は、はじめて自分が 守りたい と心に誓った女の子だったから、こんな形で別れることになるなんて思ってもみなかった。


「な…なぁ、もう泣くなって」
「やだ−!イギリスのばか−っ」
…ごめんな、お前は俺が守り抜きたかったのに…離れなくちゃならなくなるなんてな」


「イギリス、」名前を呼んで、言葉を詰まらせる。抱きしめられていることに遅れて気づいたようだから、驚いているんだろうと冷静に考えていたら、 なぜだかほんの少し心の中がくすぐったくなるような気がして、嬉しかった。このぬくもりを離すのはとても名残惜しかったが、もうアメリカが迎えに来る時間だ。 イギリスは小さくため息を吐いて、を見据えた。「絶対、迎えに行くから」だから、泣くな。なによりには、笑っていてほしい。どんなときも、あの無垢な笑みを浮かべたままでいてほしい。


「…ほんとう?イギリス、」
「ああ、ほんとうだ。俺がとの約束、破ったことあったか?」


俺がそういうと、はほんのちょっと首をかしげる仕草を見せる。きっと、まだ決して多いとはいえない記憶を手繰り寄せているのだろう、そのひとつひとつがとても愛しく思う。 やがては赤く腫れた瞳のままニコ、と笑みを浮かべて「ううん、ない!」と首を振った。「だろ?」と言って、の頭をぽんぽんと優しく撫でる。ちょうどそのとき、「お−い!イギリス−−!」という聞き覚えのある声が聞こえて、不謹慎だと分かってはいたが俺はほんの少し眉間にしわを寄せた。だが、そのしわもすぐに引っ込めて、「久しぶりだな、アメリカ」と言って握手する。


「ああ!元気そうだな、イギリス!も」
「アメリカおにいちゃん!」
「しばらくの間を頼むな、アメリカ。 …くれぐれも、」
「余計な手出しはするなよ、だろ?まったく、イギリスは昔からに関しては無駄に防衛本能が強いんだからな−」


それで自覚なかったんだから笑っちゃうよ、とアメリカはわざとらしく大きな声でそう言って(頼むからやめてくれ!)、な−?との頭を撫でる。ちょっとまえに、俺がそうしていたのと同じように。 …なんか、すごいむかつく。何も分かっていないらしいは「うん?」と首をかしげている。…うん、はそれで良いんだよ。それでこそ、俺が惚れた女だ! …話を戻そう。 別れの刻限が近づいているためか、の瞳は一層潤んでいて、始終俺から目を離そうとしなかった。それがまたすごくいじらしくて、そんなに何も言えない自分が歯がゆかった。そうしたらアメリカが「あんまり泣いてやるなよ、。イギリスがそういうの苦手だって、分かっててやってるだろ」と言って、じいっとの顔を見つめる。


「だってイギリスが−…」
「駄々をこねるな、。もうあのときみたいな子供じゃあないんだから」


そう言ってをたしなめるアメリカの表情は、すごく大人びていて、黙り込むを見た俺は、なぜだかとてもあせりを感じた。ほんとうに、アメリカにを預けるという決断は正しかったのか、いまさらになって少し不安になってくる。ひょっとしたら自分は、とんでもないところにを預けてしまったんじゃないだろうか・と焦燥があおられる。なんだ、こんな気持ちたぶんはじめてだ。 しかし、アメリカのところがいまいちばん安全なのは事実。かといって日本や中国、アジアに頼るのはなんだか心もとないし、ロシアやフランスなんてもってのほかだ。 だからまぁ、なじみのあるアメリカに任せたわけだが、少し漂いはじめた怪しい空気に、俺は腕組みをして首をかしげる。アメリカも、ちょっと見ないうちにずいぶん成長したようだ。武力も、経済も、なにもかも。


「じゃあそろそろ行くか、
「あ…ま・待って!アメリカお兄ちゃん!」


「なんだよ、」というアメリカの声に耳を貸すことなく、は小走りで俺のほうに駆け寄った。「イギリス…」少し寂しそうに名前を呼んでから、けれどもぱっと顔をあげて「わたし、待ってるね!イギリスのお迎え!」と言って、小指を突き出す。 約束、の合図だと分かっていた俺はやれやれと肩をすくめて、に言われるまま小指を差し出した。 指きりげんまん、うそついたら針千本飲ます、指切った。 …これで、約束を破ったら針千本飲まなきゃならなくなったな。なんとしてでも、を迎えに行ってやらないと。イギリスはの頭をぽんぽんと撫でながら、そう思った。は最後にニコッと満面の笑みを浮かべて、アメリカのところに駆け出した。「ばいばい、イギリス!」機内から、の元気な声が聞こえる。俺は手を振りながら、目じりが熱くなっていくのを感じた。 泣くなんて、柄じゃないことは分かりきっていたはずなのに、どうしてだろう。胸が、目が、とても熱い。そんな情けない脳内で願うのは、ただひとつ。 ――きみにまた、あいたい。



泣くのも泣かれるのも得意じゃない