「 あ――――おはよう、 」
「 おはよ−錫也。夕べ遅かったんでしょ?大丈夫? 」
「 これくらい平気。ちょっとでもといっしょの時間つくりたいし 」
「 ふふっありがとう。でも、無理はしないでね? 」
「 ――――もね 」


 そんな会話が、日々の常になっていた。――――ある朝。
日夜仕事で忙しいに代わり、すこしでもいっしょにいられる時間を増やそうと、不規則な仕事ながら、食事が偏りがちなお嫁さんのために料理が得意な錫也が朝食をつくったり、マッサ−ジをしてあげたり。家事はもちろんお互いが出来る時に分担しているのだが、どちらかといえば錫也がしていることが多いといえる。もちろんそのことを錫也の嫁である東月は知っているし、申し訳ないとも思っているのだが――――何分、錫也が自分にベタ甘なのも知っている。だからこそ、いま自分にできることをと思って、将来のためにと仕事をすることを決めた。――――のだが。お向かいで、始終嬉しそうに朝食を楽しんでいる錫也をじいっと見やる。表面上はいつも穏やかな錫也だが、ここのところすこしばかり表情が浮かばないことに、気づかないでもなかった。


「 ――――錫也? 」
「 ん、なに?。あ、ひょっとして美味しくなかった? 」
「 錫也−。あんまりそういうこと言うと怒るよ?錫也の料理が美味しくないわけないじゃん 」
「 ははっだよね、良かった 」


 ふわっとみせる笑顔が優しくて、綺麗で、嬉しくて、ついこちらまで表情が緩んでしまう。錫也の笑顔には、周囲を和ませる力のようなものがある。それでなくても優しくて優しくて料理が上手な錫也だから、周囲の女子からの視線が気にならないではない。現に、こうして結婚に至るまでも、並々ならぬ苦労があった。それこそ、横取りされそうになったり、結婚や付き合いを妨害されたり。「あなたは錫也には見合わない!」なんて暴言を吐かれたこともあったっけ――――そのたびに、味方になってくれる錫也が嬉しくて、愛しくて、だいすきになった。早く結婚してしまいたいとさえ思っていた。そうして、思い切ってプロポ−ズをしたのが、つい一年ちょっと前のことだ。お付き合いするとき告白してくれたのが錫也だったから、今度は自分からと決めていた。そうしたら、やっぱりそういうことは男の子から言うものだから、「いつかリベンジさせてね」なんて笑顔で言われてしまった。錫也らしくて、笑顔がこぼれる。


「 どうしたの?ってば………朝から忙しいね 」
「 錫也のせいだよ 」
「 はは。じゃあ、きょうは帰ったらマッサ−ジしてあげないとね 」
「 またそうやって甘やかすんだから− 」
「 しょうがないよ、甘やかしたくなるが悪いんだから。はほかの男に狙われる可能性があるってこと、自覚したほうがいいよ 」
「 えぇ−またそれ?結局わたしのせいなんだ 」
「 それくらい危機感を持ってくれないと。はいつも、僕が守っていられる場所にいないんだから 」


 そんなふうに、悲しそうに言われてしまうと、はもうなにも言えなくなってしまう。わかっていて、錫也はそういうことを言うのだ。「ごめんごめん、寂しくさせちゃったかな。じゃあこれはお詫び」そう言って、錫也は笑みを浮かべたまま腰を上げ、すこしばかり力強くの呼吸を奪った。「ちょっ錫也!?」「ソ−ス、ついてたし」ケロリとした表情で言われてしまい、やっぱり言い返せないまま、は毎朝煮え切らない気持ちで家を出るのだった。
 「ただいま−。あれ」夜の10時。残業が長引いて、帰宅時間がいつもより大幅に遅くなってしまった。マッサ−ジをしてくれると言っていたので、あまり期待しない程度に楽しみにしていたのだが、いつも笑顔で出迎えてくれる錫也の姿が見当たらない。「―――まだお仕事かな?」首をかしげつつ荷物やス−ツの上着をリビングのソファに放り投げ、旦那を探す。「おかえり、」「ひゃっ?びっ吃驚した−!たっただいま………ど、どうしたの真っ暗のまま………?寝ちゃってた?」「ん………」手首を掴まれたまま、明かりをつけようとあたりをキョロキョロしていると、思いっきり引っ張られてしまった。言うまでもなく、寝ぼけているらしい錫也にだ。


「 錫也?寝ぼけてる? 」
「 ん− 」
「 きょうオフって言ってたっけ………ね−錫也、わたし着替えたいんだけど……… 」
「 ってさ、仕事すきだよね 」
「 えっ………まあ、嫌いじゃないけど………昔から憧れてた仕事だし……… 」


 不意に視線を落とすと、どことなく潤んだ瞳の錫也とかちあった。もしかして――――これは――――「焼きもち………ですか………?」「鈍さも健在だね」「わっ?」ポスッ――――そんな可愛らしい効果音がしたかと思うと、今度は満面の笑みの錫也に抱きしめられていた――――それも、ベッドごと。この状況は、いったい?が困惑の色を隠せないでいると、錫也は満足そうに、けれどもどこか子供のような声色で「たまには僕にも構ってよ」と自分の主張を訴えた。不謹慎にもかわいい、だなんて思ってしまうあたり、自分もなかなかに飼い慣らされているなあと妙に納得する。「ええっと………まだ子供をつくる予定はないんですけども」「そうだね。まだ早いかもしれない。だからさ」「へっ」「キスしたまま寝たいな−とか………ダメ?」「無理でしょそれ。せめてハグにしてくれる?」「仕方ないなあ。じゃあ、おやすみ――――あいしてるよ」「どうしたの錫也ってば………酔ってる?まあ、わたしも――――って、どこ触ってるんですか錫也さん………?寝てるし………」良くみてみれば、シャツのなかに手をいれたまま寝てしまっている錫也を一瞥して、重たくなってきた目蓋に逆らうでもなく、深い眠りに落ちた。翌朝、ふたり揃って遅刻したことは、また別の話。


I LOVE YOUがこだまする