「星月先生は…いない、みたいだな。−」「…だれ?」「はじめまして。俺、東月錫也。あとこっちは俺の幼馴染の…、」「お久しぶり、さん。覚えてる…かな?夜久月子です」「月子さん!じゃあこの間言ってた錫也さん、ってあなたのことだったんだ」ベッドサイドに腰かけて、突然の来客に目を瞬きながらも久しぶりにみる同級生の姿に、心が弾む。東月錫也さん ―――― ははじめてだったけども、月子さんは以前入学するまえに面識があった。だけどもしばらく見かけることがなかったから、もう会えないのかもしれないなんてあきらめていた矢先の、再会。 「 これ、今週の課題とプリント。すごいね、ほとんど授業に出てないのに学年三番以内だよ 」 「 錫也、それ皮肉にしか聞こえないよ 」 「 大丈夫、そこまで考えてなかったから…ありがとう月子さん。東月くんも、態態ありがとう 」 「 ! ―――― いや、別に。いくら頭脳明晰だっていろいろ不便だろうと思って…ね 」 「 錫也、顔真っ赤− 」 「 ちが!そんなんじゃないって月子。誤解を招く言い方をするなよな− 」 「 ふふっ仲良しなんですね、おふたりとも。流石は幼馴染。それからわたしは頭脳明晰なんかじゃないですよ 」 「 も−だから笑いすぎだろさんっ 」 「 ふふふっごめんなさい東月くん。だってなんだか…っ 」 「 ん?なんかにぎやかだな。珍しいな、お客さんか? 」 「 星月せんせ!あのね、東月くんが態態プリント持って来てくれたの! 」 「 そうか、良かったな。もう放課後だし、帰るか? 」 「 うん!先生きょうもお邪魔しました 」 「 ―――― ああ。悪いけど東月、こいつこっち来てろくに学校案内してもらってないんだ。頼めるか? 」 「 ……… 」 「 ―――― 錫也? 」 トントンと、心配そうに月子が東月錫也の肩をたたく。その横顔はあのいつも穏やかな笑みを浮かべている錫也からはとても想像できないほど、怒りにゆがんでいるように見えた。なんだか、怖い。いままで錫也のことを怖いだなんて感じたことはなかったのに ―――― 月子ははじめて感じる感情に背筋が凍えるのを感じた。「錫也!」「え…ごめん、なに?」「大丈夫?なんかおっかない顔してたけど…」「え、俺そんな顔してた…?気付かなかったな。吃驚させてごめん、月子。―――― で、なんでしたっけ先生」「時間が大丈夫だったら、こいつに学校案内を頼みたいんだが…具合悪いなら無理しなくて良いぞ?」星月先生も、心配そうに錫也の顔色をうかがっている。流石に、錫也の異変に気付いたらしい。周囲の視線が異様なものになっていることに遅れながら気付いた錫也は「ごめんごめん、ぼんやりしちゃって。大丈夫、ちゃんとさんを案内するよ。月子もそんな顔するなよ、委員会があるんだろ?」と言って周囲を宥めた。月子も不意に我に返って「え…ええ、そうね。それじゃあまたね錫也、さん」と言って慌ただしく保健室を出て行った。いったい何が起きたのか、錫也本人は分かっていないらしいが、虎太郎や月子はすぐに”彼”の異変に気がついた。怒りに歪んだ表情 ―――― その視線の先に、あったもの。普通の”生徒”と”教師”以上に親しそうにしていると星月虎太郎の姿 ――――― 。 「 ふうん…これは、おもしろいことになりそうだなあ 」 錫也に腕をひかれて、学校案内に連れだされるの背中を見送りながら、虎太郎はひとりそう呟いて柄の悪い笑みを浮かべた。「あの…東月、くん?」「え…なに?」あまりの沈黙に耐えかねたのか、流石のも恐る恐る唇を開いた。「ほんとに無理しなくて、大丈夫だよ?」「無理なんかしてないよ、ほんとに」「そう…?それなら、良いんだけど…」「ほんとうに大丈夫だって。ほら、ここが職員室 ―――― ってここは分かるよね。最初に来た場所だしね」「えと…はい」「で、廊下の突き当たりが調理室。別塔にはね、天体観測に使うための望遠鏡があるんだよ!見ていく?」「…うん」やっと笑顔を見せてくれた錫也に、ほっと安堵の笑みをこぼす。黄昏の通路を挟んで、ふたりは展望台にやって来た。 「 わあっすごい本格的…! 」 「 ――――― でしょ?覗いてみる? 」 「 良いの? 」 「 もちろん。きみだって僕等とおなじ天文科なんだから、問題ないよ 」 錫也にそう言われるや否や、は踏み台に上ってちいさい穴を覗き込んだ。「わ−木星だ!わっかが綺麗に見えるっ」「まだ明るいからぼやけて見えちゃうけど、ちゃんと見えるだろ?」「うん!すごいすごい!東月くんわたし感動しちゃった!」「ははっ、あんまりはしゃぐと転ぶよ」「大丈夫っ低いし…わっ?」ガタガタ、ガタン。踏み台から降りようと振り返った途端、踏み台から足を踏み外しは見事に横転した。「いたたたたっ…東月くんに言われたとおりになっちゃっ…東月くん…?」身体に痛みはあったものの、上半身への衝撃はそれほどなかった。と言うのも、錫也が寸前のところで腕枕をしてくれていたからだということに気付くまでに、それおど時間はかからなかった。驚いたのはそのことではなく、不意に横を振り返った瞬間錫也の顔を赤くした表情が至近距離にあったからだ。 「 ―――― 東月、くん? 」 「 ごっ…ごめん!なんかきょうおかしいぞオレっ…初対面の子に見とれたり嫉妬したり…なんなんだこれっ… 」 「 え…ええっとあの、東月くんっ? 」 「 ほんとごめん!なんでもないから!忘れて! 」 「 え、そんな無責任な… 」 「 う−っそうだよな…まだ案内も終わってないのに、このまま帰るなんていけないよな… 」 「 ええと…?なんかそっちじゃない気がするんだけど…あれ? 」 「 とにかく、次はこっち!あんまり遅くなるといけないから 」 またもの手をひいて慌ただしく展望台をあとにする錫也と。ひととおりの案内を終えたころには日はすっかり落ちていて、校門で途方に暮れる人影が、ふたつ。「やっぱりこうなっちゃったか−残りはまた今度とかにすれば良かったかなあ」「ええとあの…大丈夫、だよ?わたしこのあと用事があったし…ちょうど良い時間つぶしになったよ」「時間つぶしか…俺としては次にまた会う口実がほしかったんだけどなあ」「…はい?」「いやっなんでもない!それより、送らなくて平気?」「うん。お母さんの病院、すぐそこだから」「あ…ごめん」「東月くんが謝ることないよ。それじゃあ…またあした、学校でね」「え…また、来てくれるの?」「そんな顔されたら、行かないわけにはいかないよ。それに…東月くんのおかげでちゃんと、授業に出ようって思えたもの」笑顔が、眩しいくらいに月明かりに照らされて、錫也は思わず瞳を眇めた。こんなにも月明かりに映えるように笑うひとははじめてだ、とまた見とれてしまう。 「 だって、東月くん同じ学科でしょ?だから、もう不安になることはないっていうか 」 「 じゃあ…もう、あの保健室には通わない? 」 「 さあ、分かんない。でもそうしてみると星月先生と逢う機会が減っちゃうのは寂しいかなあ 」 呟くように言って、ほんのちょっと寂しそうにほほ笑む。心なしか錫也は、自分の表情がまたすこし歪んで心の中に波紋を描いていくのを感じた。ざわざわ、ざわざわ。落ち着かない。「またあした、な。」「東月くん…うん、またあしたね!きょうはどうもありがとう」笑って手を振るの背中を、錫也はぼんやりと見送った。ドキドキと、鼓動が高鳴って騒がしい。月子のときとは違う、高ぶる気持ち。「ほんとおかしいぞ…きょうの俺…」大きく深呼吸してみても、高ぶる鼓動は当分、落ち着きそうにはなかった。 春の手前で息をひそめるように |