「」神田の唇が薄く開かれる。途端、アレンの「リナリ…!」という悲鳴のような声が聞こえて、仲間たちがいっせいに振り返る。「イノセンス ――――― !」「無理だ。はもうイノセンスを発動するな」「マリ!」「ミランダのリバ−スが作用している。は戦闘に備えろ」「リナリ…ッラビ…ックロウリッ…チャオジ、」力なく崩れるの肩を、ポンポンと慰めるようにたたくマリ。「アレン君…!」ふるえる手を強く握りしめる。


「 なんだあれは…ッ!? 」
「 空から変なものが…! 」
「 あれ、が ―――――――― ノアの、 」
「 神よ…こんなことが、 」


 ティエド−ル元帥、マリ、、ブックマン、ミランダたちの見上げる上空に突如現れた謎の物体 ――――― ノアの、箱船。もっと早く異変に気づいていれば。自分もあのなかにいられたかもしれないのに、と拳を握りしめる。自らのイノセンス、治癒能力や結界能力の発動を阻止されたいま、ミランダのリバ−スが発動していたことが、唯一の救いだ。とはいえミランダに無理をさせることに違いはないのだから、やはりマリの言うように自分はこれから始まる戦闘に備えなければならない。
 そう思っていた、矢先。「この、気配、」「なにかきましたな」「マリ、聞こえるかい」「この音はおそらく、20体から30体…すべてあの巨人形態のアクマです」「小僧たちの無線は通じない。どうされる」「弱ったなあ」困った様子のティエドール元帥を横目に、は彼の懐からイノセンスの気配を感じた。


「 ――――― それは?元帥 」
「 ――――― うん、行ってあげなさい 」
「 ティエド−ル元帥 」
「 うん。適合者がいるかもしれないってことだよちゃん 」
「 じゃあ、なおさら退くわけにはいきませんね 」
「 うん…仕方なくなっちゃったね 」

 「イノセンス発動!」「あっこら!」「あれくらいだあいじょうぶだって!マリ、手伝って?」「たくっ仕方ないな」マリに援護を依頼したは満足そうにほほえみ、イノセンスの第一段階を解放した。
 「そうか。いくらの第二段階を駆使しても歯が立たない…だから最初にマリのイノセンスでダメ−ジを与えておこうと言う寸法か」「ここはあたしたちに任せて。みんなは第二波に備えてください」「はは、あまり考えたくはないがな…わかった。ミランダ、大丈夫か」頷いたブックマンはミランダを振り返り、元帥たちとともに橋の下に避難した。


「 ここで出来るだけ彼らと体力の消耗を防いでおれ。お主は自分の時間を操ることはできんのだろう。疲労もだいぶたまっとる筈だ 」
「 ――――――― すみません、 」
「 良い。それよりお主が倒れてしまっては小僧たちに傷が戻る 」
「 感じます。アレン君たちの傷の時間がまだわたしのイノセンスの中にある…。アレン君たちは生きてる…でも心配です… 」


 「わたし…なにがなんでもリカバリ−にすれば良かった…っ」ミランダの言葉が胸を締め付ける。止められても、なにを言われても、治癒能力を発動すれば良かった。結界能力を発動すれば良かった。ミランダとおなじ気持ちだと、わかったから。でもそれはひとつの後悔にすぎない。自分たちのするべきことは、ただひとつ。すべてのアクマを破壊して、笑ってアレンたちを迎えること。守りたいひとたちがいるから、戦える。そのひとたちの居場所を、世界を、守るためにこの力はあるのだと、いまならわかる。


「 箱舟のみんなもがんばってる。あたしたちもがんばろう!ミランダさん、マリ、元帥。ブックマン 」
「 ちゃん・・・ 」
「 そうだな。みんなの家(ホーム)を守ってやらないとな 」
「 言えとる。帰る家がないというのは、悲しいモンじゃ 」


 ブックマンの言葉に皆、強く頷く。家を失って、沢山沢山、いろんなものを失って。ホ−ムに招かれて。リナリ−や仲間のみんな、リ−バ−班長や科学班のみんなに”おかえり”といわれたとき、どれほど安心したか。みんなが箱舟から戻ってきたら、思い切り抱きしめて、とびきりの笑顔で”おかえり”と言おう。いまはまだ、すこし先の未来の夢でしかないけど ―――――― 実現出来るように。精一杯の力で、戦おう。それがいまの自分に出来る、唯一のことだと思うから。「イノセンス第二段階 ―――――― !」の声が夜を斬り裂く。長い夜はまだ、始まったばかりだ。


【 20101118 * 加筆修正 】