「到着ッ」「病み上がりのくせに鬱陶しいほど元気だなオイ」眉間にしわを寄せて前方を見据えている神田を、は舌を出して威嚇した。「ふんだ!もう神田は運んであげないモン」「こっちから願い下げだな。飛びたいならひとりで飛べアホ天使」「むっ」「まあまあ。目前は最前線だよ。喧嘩はそれくらいにしないと」「元帥が暢気すぎるんです」「ハハハ。ところでマリ。きみの耳でなにが聞こえる?」ひとしきり笑ったあと、ティエド−ル元帥はそういってマリを振り返った。


「 あそこから…アクマの膨大なノイズに混じってかすかに…リナリ−、ラビ…クロス部隊の声が聞こえます 」
「 ―――――― うん、行ってあげなさい 」
「 イノセンス第一段階 ―――――― 天使光臨! 」


 ドオオオオオオオン!
「てめっ!俺の獲物横取りすんじゃねェ!」「ごめんついイノセンスが反応しちゃってv」「しちゃってvじゃねェよみてみろ連中たまげてんじゃねェか」「あはははははっおもしろい絵−」ハァ。愉快に笑うを横目に、盛大にため息をはく神田。「まあ良いじゃない。合流したらわたしは治療に専念しなきゃなんないんだし。ほかの獲物は神田にあげるよ」「ほかのって…ノアのことか」げんなりした様子でノアを指さすマリと、こめかみに怒りマ−クをにじませる神田。相変わらず不適な笑みのままの


「 チッ仕方ねェ、こうなりゃなにがなんでもノアをぶった斬る 」
「 援護する。、くれぐれも無理はするなよ 」
「 わかってるよ−病み上がりなんだからそんなに本格的な治癒は出来ないって 」
「 なら良いが…少なからず我々は疲弊している。これから先、の治癒能力が生命線になるかもしれん 」
「 了解しました!神田も…っていないっ 」
「 もう一体の、デカイアクマを壊しに行ったぞ 」
「 も−せっかちなんだからっ。じゃあマリも無理しないでね 」
「 わかっている。またあとでな 」


 うん。がうなずくと同時に、彼女は自らのイノセンスをもって飛翔し、クロス部隊のもとへ駆けつけた。「ブックマン!ラビ!クロウリ−さん!」「おお!元気そうじゃな」「みんなよりはずっとね。ラビ、はまだ戦闘中だよね。とりあえずふたりとも治療するから、これもってて!」「羽根?」「発動!」がそう唱えるとふたりの持っていた羽根は消え、目映い光がふたりを包んだ。「これは…?」「のイノセンスじゃ。個々の羽根は武器にもなるが、適合者次第で治癒能力にも結界能力にもなる」「便利なモノだな」「我らにしてみれば、な」ブックマンの指さす先には、歯を食いしばって力を振り絞っているの姿があった。
 「そういう、ことか」「左様。このイノセンスは適合者の生命を脅かす。まるで、神の約束に背いた子羊のようにな…」「無理はさせられんな」「そういうことだ」そう言ってブックマンはふ、と小さく笑みをこぼし傷が癒えていく様子を眺めていた。


「 神田も来てくれたか…助かる。こちとらけが人ばかりで難儀しとったからな 」
「 神田…?なんてガキだ 」
「 ふうっおしまい!とりあえず傷はふさがったよ!リナリたちのところに行ってくるね 」
「 助かった。リナ嬢はイノセンスを失っておる 」
「 だいたいのことはみんなに聞いて知っています。大丈夫、神田もマリもいますから 」


 「ス−マン・ダ−クや、教団のことも?」ブックマンがどことなく不安そうに尋ねると、はしっかりと頷いた。「もちろん、ノアにイノセンスを破壊されたアレン君のことも知っています。でも大丈夫。アレン君は大丈夫です」大丈夫。そう繰り返すの言葉からは、どうしてだろう。絶対的ともいえる力強さを感じた。ただ信じている、それだけではないように思えた。ブックマンは優しくほほえんで翼を広げるを仰ぎみた。その姿はまるで、本物の天使のようだと感じざるを得ない光景だった。
 「感じる…ノアの…伯爵の気配…! 発 動 !」自身の生命力をすこしだけ分け与えよう ―――――― 結界能力、最大限発動!


「 チョコザイナv 」
「 ぐ…っあっ… 」
「 あまり無理をするのではありまセンヨv天使と言われていても所詮生身の人間ですカラネv 」


 空っぽになった江戸を眼下に、は結界能力を解除した。5割、とまではいかないがある程度の攻撃を防ぐことは出来た筈だ。「リナリィ−!」ノアとの戦闘が続く最中、リナリ−に訪れる危機。しかしは、もうひとつの<強い>イノセンスを感知していた。「大丈夫だよラビ…アレン君のイノセンスを感じるもの」「空が…どういうことさ…?」刹那。ノアとの戦闘が再開されるのかと緊張の面もちで伯爵とノア、双方を交互に見やっていたはふと、異変に気がついた。


「 あれっいない…? 」
「 ちゃん、ノアがし、退いたわ。いまのうちに安全な場所、へ 」
「 うん!ありがとうっ 」
「 だ、だいじょうぶ?顔色が良くないようだけど 」
「 平気平気。ちょっと気分悪いだけ!ミランダさんこそ大丈夫? 」
「 え…ええ。ちゃんが結界を発動してみんなを守ってくれたおかげ、よ 」
「 へへっ良かった。でもミランダさん、長時間はつらそうだから無理はだめだよ? 」


 自分が無理するのはよいのか、という言葉は飲み込んで、ミランダはありがとう、と言って遠慮がちにの隣に並んだ。
 人目のつきにくい橋の下。イノセンスを負傷しているリナリ−を介抱していたは、ティエド−ル元帥たちの会話をどことなく耳にしていた。


「 改造アクマ…プラント…ノアのは小舟ねぇ。私らが日本に来たのは適合者の探索任務のためなんだよ。あの男に協力する気はさらさらないんだ 」
「 ―――――― ? 」
「 アレン、君?どうかした? 」
「 大丈夫ですか?顔色が良くないですよ 」
「 大丈夫だよ−みんなよりはずっとね 」
「 それを言われちゃうと…言い返せないですね 」


 ハハッと、アレンが笑った。久しぶりにみる仲間の笑顔に、心底安心した。「おかえりなさい、アレン君」「ただい、ま」「アレン君は大丈夫だって、信じてたよ」「」「あっリナリ!気がついた!」「…アレン君…」「良かった。じゃ、ブックマンに知らせてくるね」頷くリナリ−と、談笑する仲間たちに背を向けて、ははあ、と大きく息を整えた。
 「無理をしすぎだ、」「マリ」「休めと言ったのに…まったく」「ごめ」「元帥には俺から言っておく。暖をとっていろ」否応なくマリに言われ、はひとり盛大に肩を落とした。背中に感じる視線がひとつと、もうひとつはミランダのものだろうか。出来ることならこのまま帰還できたら良いのに。安息のつかの間、そんな甘えが脳裏を浸食していく。特に理由などなかったが、こんなときどうしてだか神田を振り返ってしまう。不安そうな表情をしていたのだろうか。神田は盛大にため息を吐いて重たい腰をあげた。いまだけはただ。こんな平穏がすこしでも長く続くことを願うばかりだった。


【 20101118 * 加筆修正 】