長い長い夢の淵、暗闇の中で手を振る白髪の少年をみた。まるで、さよならしているみたいに寂しい背中を遠目に見送る。それが、長い夢の最後にみた光景。
 「アレン、君?」「。起きたのか」耳に覚えのある男性の声がして、はまだぼんやりする頭を抱えて、目をあけた。「オハヨウ天使サマ」「きゃあああああああっなにっなにっ」「な、なんだよ吃驚するだろ」「なにこれっなにこれっ」視界が開けた瞬間、巨大なAKUMAがニヒルな笑みを浮かべながら自分をみていることに驚き、は盛大に尻餅をついた。


「 ごめんごめん、吃驚させたね。この子はマリアン…クロス元帥の改造AKUMAだよ 」
「 ティエド−ル、元帥。改造、AKUMA? 」
「 いま俺たちは元帥の適合者探しの任務で日本 ―――――――― 江戸に向かってる 」
「 神、田…マリ…、 」
「 大丈夫か?身体…尋常じゃない熱さだが 」
「 すごい熱だ。もうすこし船で休んでいたほうが良いよ 」
「 すみま、せん… 」
「 大丈夫大丈夫。江戸についたら嫌でも戦闘に参加しなきゃならないからね。
  いまのうちにしっかり休んでおくと良いよ。こんなときブックマンがいてくれたら良かったんだけどね 」
「 大丈夫、です… 」
「 チッ。眠ったか 」
「 元気そうで良かったな、神田 」
「 うるせェマリ。集中してろ 」


 嬉しいくせに、という言葉は胸中にしまい込んで、マリは相変わらず高熱にうなされているを介抱しながら、遠くに聞こえるAKUMAのノイズ音に耳を澄ませた。自分たちもがきょう目覚めるまでに多くのAKUMAと戦ったが、いまなお油断ならない状態が続いている。船上は、戦闘においてもっとも不利な状況のひとつだからだ。その証拠に機嫌の悪い神田はイノセンスを解放したままだし、ティエドール元帥も絵を描くのを辞めている。
 ふと、遙か前方の海原をみていた神田が思い立ったようにマリのほうを振り返った。


「 モヤシのことは、には言うなよ 」
「 それは、言うべきだろう 」
「 よけいなことは、戦場には必要ない 」
「 そうかもしれないが 」
「 知っていても知らなくても、ちゃんは大丈夫だよ 」
「 ――――― 元帥? 」
「 アレン・ウォ−カ−は大丈夫だって信じているから、ね 」
「 ――――― チッ 」
「 それは…元帥も、ですか 」


 ティエド−ル元帥が、すこしだけ、寂しそうに笑う。それは数日前にみた、デイシャの殉職を聞いたときにみせた涙でぐしゃぐしゃになった笑顔とにているように感じた。年寄りだから涙腺が弱いんだ、という話を本人か誰かからか聞いた記憶があるが、マリはそういった加齢の類ではないように思った。ティエドール元帥は元来根っから優しい人物で、実際自分たち弟子にもそれは深く影響している。ほんとうに良い師匠を持ったと思っているが、神田にとっては否、かもしれないとマリは人知れず笑みを浮かべた。
 ―――――――― 日本・江戸は、もうすぐ目の前に迫っていた。


【 20101029 * 加筆修正 】