どこからか、歌が聞こえる。遠く高く、点に伸びる木々のように凛としていて、ひとの踏み入れることを許さない高山のようにすんでいて。聴く者の心をつかんで離さない歌声。星になった、天へと旅だったものたちへ捧げる、哀悼の歌。 「 任務ご苦労様、 」 「 コムイさんこそ、お疲れさまです 」 「 急な単独任務、すまなかったね 」 「 大丈夫です。レベル2程度のAKUMAとなら、何度か戦闘したことありますから 」 「 だから申し訳ないんだよ。きみのような子に戦わせなくちゃならないなんてね。神田もちょうどすこし前に戻ったばかりだったから 」 「 謝りすぎですよコムイさん。こうして帰ってきたじゃないですか 」 「 ヘプラスカにイノセンスを届けたあとは?例のリサイタルかい? 」 「 リサイタルなんて、楽しいものじゃありませんけど・・・ね。行ってきます。なにかあったらゴーレムで呼んでください 」 分かった、というコムイの声を背に、は懐にあるイノセンスをヘブラスカのもとへ届けるため、地下へ続く階段をおりていく。「久しぶりだね、ヘブラスカ」「久しぶり・・・だな。元気そうでなにより、だ」「ヘブラスカも。これ、今回の任務でみつけたイノセンスだよ」「さすがはだな。命中率90%」ヘプラスカにほめられ、へへっと笑みを浮かべる。ヘプラスカの言う”命中率”というのは、イノセンスとの遭遇率のことを示している。つまり教団がはずれかもしれない、と思って派遣した先々で、が任務にあたると、大体そこにイノセンスがある、ということだ。 「 わたしはうれしいぞ。が任務から戻るたび、あの歌が聴けるんだからな 」 「 ヘブラスカ・・・ 」 「 まあ、コムイの気持ちも分かるけど、な。程々にして休むんだぞ、 」 「 ありがとう、ヘプラスカ。おやすみなさいっ 」 「ああ、おやすみ」ヘプラスカに、先刻のコムイとの会話の内容を話してやると、そんなふうに話してくれた。だけど、あれはヘプラスカなりの優しさだと、ちゃんと分かっているつもりだ。ほめ言葉を真に受けて、切り捨ててきた命を忘れるなんて出来ない。「出来ないよ・・・お父さん・・・お母さん」教団の最先端部分に立って、夜風に吹かれる。が歌を歌うためにこの場所を選んだ理由。それは天国にいちばん近い場所のような気がするからだ。普通の人間ならばのぼることの出来ないこんな場所にも、のイノセンスをもってしてなら容易に可能となる。刹那の呼吸ののち、は歌う。消えゆく魂を弔うレクイエムを ――――――― 。 同時刻。漆黒の真夜中、ひとりの少年が、その歌声を耳にしていた。
The flower which blooms in spring 「 や・・・やっと着いた・・・。エクソシスト総本部、黒の教団・・・かな? なんてゆーか話には聴いてたけど雰囲気あるな…ここだよね?ティムキャンピ− 」 天高くそびえたつ教団を前に力なく地面に座り込む。そんなときふと、空を仰ぐと歌が聞こえた。「歌…?女のひとの声、かな」どこにいるんだろう。気にはなったけども、とにかく中に入れてもらわなければならない。姿なき者の歌声を耳にしつつ、白髪の少年は漆黒の門の前にたった。そして、数刻ののち。 「 こいつアウトオオオオオオ! 」 塔が意志をもってふるえているかのような振動に、さすがのも歌うのをやめてしまった。「なっ・・・なに?地震?」「額のペンタクルに呪われてやがる!アウトだアウト!」「門番さん…すごい声。ってことは入団者、かな?」腰をあげて、遙か下界の地上を見下ろす。「、そこにいる?」「リナリ?どしたの」「神田が入団者の子と戦闘してるの。止めてくれない?」「あはは分かった!早とちりだなあ神田も」「神田っていうよりこっちのミスなのよね。あとで謝っておくから、お願い」リナリーのお願いに免じて、自らのイノセンスを発動させる。ひらりひらり、純白の羽根が地上に舞い踊る。 「 羽根…?わあっ 」 「 神田ー!ストップストップ!この子入団者! 」 「 入団者・・・だと? 」 「 あ−もうっ!仲間だよ!な・か・ま! 」 「 ギャ−ギャ−元気だな。お前任務帰りだろうが 」 「 そう言う神田もね! 」 「 あっ・・・あの・・・きみは・・・ 」 「入城を許可します。アレン・ウォ−カ−君。も神田もご苦労様」「コムイさん!どういうことですか?」神田に刀をしまって、と片手で制しつつ、ゴ−レムの向こうにいるであろう指令官に尋ねる。「ごめんね−早とちり!その子クロス元帥の弟子だった。ほらリ−バ−班長謝って」「俺のせいみたいな言い方−!」「ふふっ」ゴ−レムの向こうの班長たちの声に、思わず笑みがこぼれる。そんな様子を横目にみていたアレンは、不意に我に返った。 「 アレン・ウォ−カ−って言います。さっきは、ありがとうございました 」 「 こちらこそ丁寧にありがとう!迷惑かけちゃってごめんね。あたし、この教団でエクソシストやってる・って言うの! 」 「 やっぱりエクソシストだったんですか!じゃあ、さっきの羽根が? 」 「 うん!あっちょっと神田!あいさつっ 」 「 うるせー。さっさと部屋に戻れ 」 ふん、と鼻を鳴らす神田の頭上に、パコンという乾いた音がして、はあっ、と声をあげた。「も−、やめなさいって言ってるでしょ!早く入らないと門閉めちゃうわよ!はいんなさいっ」「リナリっ!」「リサイタルの邪魔しちゃったわね」「ううん!大丈夫だよ!リナリ−もアレン君も、がんばってね」「? がんばる?」疑問符を浮かべるアレンに、お互い顔を見合わせて微笑むリナリ−と。 「 あ、神田・・・って、名前でしたよね・・・?よろしく 」 「 呪われてるやつと握手なんかするかよ 」 「 も−神田ってばっ 」 (差別・・・!) 「 ごめんね−。任務から戻ったばかりで気が立ってるの 」 「着いてくんな」「だって暇なんだもん」「例のアレはもう良いのか」アレンとリナリ−の背中を見送りながら、もまた神田の背中について歩いていく。「うん、有事だったし…新人の子もみてみたかったし」「そうかよ」「どうだった?あの子のイノセンス」「ありゃあ寄生型だな、間違いねェ。仲間が出来て良かったな」ふん、と鼻先で笑って、あっと言う間に距離を広げていく神田の背中をぼんやりと見送る。 不意にここが食堂であることに気づき、笑みを浮かべた。「ふっ…ほんとうに素直じゃないなあ、神田は」任務から戻ったばかりで食事をしていなかったことに気づいていたらしい。そういう彼のさりげない優しさが、とてもとてもうれしかった。真夜中の人気のない食堂でひとり、はずいぶんと遅くなってしまった夕食を取ることにした。 【 20101008 * 加筆修正 】 |