「すみません。父がわたし付きになってくれればこんなことには」いまにも泣き出しそうな顔をしている少女が、手慣れた手つきで応急救護をしているのをなんとなくみていたSP ――――― 沢田綱吉は、傷を追って助けを待っている仲間に思いを馳せた。山本、獄寺、笹川、骸、雲雀、ランボ。みな、第二波、第三波と続く襲撃で傷を負った。


「 気にしないでください。あなたのせいじゃありません。それに僕たちは仕事をしているだけですから 」
「 その言葉、ちょっと複雑です 」
「 えっと、すみません? 」
「 冗談ですよ。あなた方はなにも間違っていません。わたしがわがままなだけです 」
「 さん。動きましょう、長居は危険です 」
「 ――――― そうですね 」


 今回の警護対象、は我らが警察官の総取り、警視総監のご令嬢だ。警視総監宛に娘を誘拐する、という脅迫状が送られてきたのは10日ほど前のこと。当時、要求もないことからただのいたずらと思われていたのだが、警視総監、つまり令嬢の自宅付近の警察官が次々と殺害されていることから危機感を覚えた警視総監は捜査に参加、令嬢にSPをつけたというわけだ。要求すらないまま一週間がすぎ、に対する警護をどうするか論議されていた矢先の襲撃。綱吉は、そのタイミングの良さに違和感を感じていた。見張っていたのならいつでも狙撃なり、襲撃なりできたはずなのにどうして警護をはずそうと議論していた、いまなのか。思案していると、不意に隣から軽やかな笑い声が鼓膜をふるわせた。


「 ふふっ沢田さん、怖い顔 」
「 えっそんな顔してますかっ 」
「 警護課って、忍者みたいなものなんでしょ?感情は隠さないと。敵につけこまれちゃいます 」
「 うっすみません。ていうか忍者って 」
「 ふふ。お仲間のことを考えていらしたんですか? 」
「 え?いえ違います。今回の襲撃のことを、 」
「 なるほど。確かにそれはわたしも気になっていたことです。まるでタイミングを計らったような 」
「 誰かの指示で動いているようにしか思えないんです 」
「 犯人が?それじゃあ警護課の中に内通者がいるってことじゃないですか。ゆゆしい事態ですよ 」
「 言葉のわりには落ち着いてますね 」


 が、また笑った。春の風のように、夏の木漏れ日のように、秋の木々がふれあうように、音もなく降る雪のように、きれいに笑うひとだと思った。そのたびに、このちいさな胸はどうしようもなく高鳴るのだ。守りたいと、思うのだ。これこそが警護の醍醐味だと思うのに、課長含め上層部にはいまひとつそれが伝わらない。上層部の都合で守れる命を切り捨てたこともあった。上層部に汚い言葉で罵られたこともあった。そのたびに苦悩の表情を浮かべる、上司の表情があった。そのたびにSPってなんだろうと、悩んだ自分もいた。これまでの日々を思い浮かべると、自然と眉間にしわがよる。
 ―――――― ツン。不意に眉間に人差し指が当たり、綱吉は思わず瞬いた。


「 なっなにするんですか!ほんとうに危機感のないひとだなーあなたはっ 」
「 いつも張りつめていたって、冷静な判断はできません。わたしはそう、父に教わりました 」
「 さん、 」
「 わたしは警察という職務に、誇りを感じます。それはあなた方SPにもいえることです 」
「 誇り、 」
「 そうです。身を持って要人を守る。時には自らが盾になることもあるでしょう。
  守れなかった命もあるでしょう。いずれにしても、勇気がいる行動です。弾丸を受ける勇気。
  命を守る勇気。仲間を守る勇気。切り捨てる勇気。命令に背く勇気 」
「 切り捨てることに、勇気なんているのかな 」


 ぼんやりと空を仰いでつぶやいた綱吉に、は強く強くうなずいた。「必要です。守れるなら守りたい。でもそれがかなわないこともあります」「さんは、納得しているんですか?それがほんとうの警護ですか?」「沢田さん」「僕は、切り捨てることが勇気だとは思いません」「突き進むこともまた、勇気です。おもしろくなりそうですね」は確かに笑っていたけど、その笑顔はいままでみてきたどの笑顔とも違っていた。一言で表現するならば、不敵といったところだろうか。その笑みはにはあまりにも不釣り合いで、違和感すら感じた。


「 さん?電話、なってますよ 」
「 えっ気づかなかった。お父さんからだ 」
「 警視総監?どうしたんだろう? 」
「 わかりません。ひょっとしたら犯人が捕まったのかも。ちょっと出ます 」


 はご丁寧にもそういって携帯電話のディスプレイを開き、数時間ぶりとなる父親の声に耳を傾けた。元気な父親の声を聞いて、は心底安心した表情で捜査の状況を聞いているようだった。ほどなくして会話が終わり、は瞳を輝かせて綱吉のほうを振り向いた。「犯人が捕まりました!どうやら、わたしの誘拐宣告は捜査を攪乱させるためのカムフラ−ジュだったようですね」「なるほど。いわれてみれば犯人は自宅近辺の警察官を殺害していたようだし、僕たちを襲った連中もすぐに手を引いた。さんをほんとうに誘拐しなかったのも、要求をしなかったのも別の目的があったから、か」綱吉がひとり納得していると、とても嬉しそうにほほえんでいると目が合い、綱吉はどうしたんだろうと首をかしげた。


「 取り越し苦労だったみたいだって、父が笑ってました 」
「 でも実際、襲撃されたじゃないですか。警護依頼されてよかったですよ 」
「 あら、さっきまで悩んでいた沢田さんとは別人みたいですね 」
「 笑いすぎです。でも嬉しいですよ、こうして無事に任務を全うできて 」
「 やっぱり、沢田さんにはSPがお似合いです。また機会がありましたら、お願いします 」


 「冗談キツイですよご令嬢」そういってうなだれる綱吉に、はまたひとしきり笑った。の笑顔が、笑い声が、鉛のたまった心を軽くする。ではないが、また機会があれば良いと、いまは素直にそう思う。そのときはいまよりすこし、SPという職務に誇りを持っている自分をみてもらえるようにがんばろう、とひとり奮起する綱吉だった。



ざわめく鼓膜