規定より短いスカ−ト。毛先だけ茶色い髪の毛、穴のあいた耳。「よし」そう勇んで校門前をくぐり抜ける少女の名前は ――――― 中学二年生の、。「よしじゃない」「わあっ!ひ、雲雀さん…お、おはようございます」「うん、おはよう ―――― ってそうじゃないだろう」「はい?」「きみ、校則違反だよ。三件。今回だけじゃないみたいだね。なに?僕に対する挑戦とか?」「ちが!違います…!べ、別に変な友達が出来たわけでもありませんっ」「だろうね。すこしの間観察させてもらったけど、”普通”の友達のほうがきみを見て驚いていたみたいだし」尖った口調に、あまりにも現実味のある意見に、反論の余地もない。ていうか ―――― え、監視、って。


「 訴えますよ雲雀さん 」
「 ふうん、きみにそう言うことが出来る力があるならどうぞ。僕は逃げも隠れもしないよ 」


むしろ受けて立つよ、と右腕に隠されたトンファ−をちらつかせる風紀委員の雲雀恭弥に、「力ずくですか…」と落胆するしかない。「だって”法律”って言う”力”を使おうとした。それに対する自己防衛だよ」「良く言う…」「きみに言われたくないね。まあ仕方ない、始業のチャイムだ。放課後、僕がいる執務室に来るように」きょうは部活休みでしょ、と付け加えられ、颯爽と去っていく雲雀の背中を茫然と見送る。


「 どうしてあたしの予定知って…っていうかやっ、たあ!雲雀君に応接室に招待されちゃった! 」
「 くおら−!HR始まってンぞお!遅刻だ遅刻! 」
「 わああああっ先生ごめんなさいいいい!定刻には着いてたから許してくださいいいい! 」
「 ダメだ!教室にいなかったら意味ないンだからなあ!追加で雲雀にお仕置きしてもらえっ 」


「はひ−!」願ったりかなったりだ、という本音は胸の奥にしまいこんで、とりあえず教室まで全力疾走することにした。その日の放課後、友人に「生きて帰って来てね」とか「これ、お守り」とか「生還したら結婚しよう」とか、やたら心配されたり普段あまり会話をすることのない男子生徒にまで変なことを言われたりしたけども、適当に笑ってやって来た、応接室。「雲雀君はそんなに怖いひとじゃないもん…っわあ!?」「す、すみませんまさかひとが通るとは…」書類の束につまづいて、さらにバランスを崩した草壁さんの持っていた書類を思いっきり浴びることになってしまった。
「鈍臭い」頭上から聞こえる雲雀と草壁の声に、項垂れる


「 あ、あんまりです…! 」
「 ちょうど片づけをしていたところでして…大丈夫ですかさん 」
「 な…なんとか… 」
「 ――――― そうだきみ、担任の先生にも遅刻したから追加でお仕置きしてもらえって言われてたよね 」
「 うぐ…はい… 」
「 とりあえず、”遅刻の”罰則はそれで良いよ 」
「 それで、って…この、書類整理ですかっ 」
「 うん、もちろん草壁といっしょにね。ちゃんと見張っておいてよ草壁。
  あと ――――― になにか妙なことしたら、いくらきみでも無事じゃ済まされないからそのつもりで 」


「分かってますよ、恭さん。行きましょうかさん」「は、はい…よろしくお願いします!」草壁さんが雲雀さんの忠告を破る筈がないのに、どうして態態トンファ−をのぞかせたんだろうとが疑問に思っていたころ。不意に草壁からそんなふうに言われ、やっと前が見えるくらいの荷物を抱えてふたり並んで資料室に向かう。「大丈夫ですか?少々張り切りすぎでは」「平気!掃除は得意なの!ずっと綺麗にしてあげたいなあって思ってたし!」「はは。それはそれはありがとうございます。恭さんがさんを気に入る理由がなんとなく分かりましたよ」「雲雀君が、なんて?」「いえいえ個人的な話なので気にしないでください。さて、あと30往復くらいですか」「さんじゅう…!」「大丈夫です、もしもの時は恭さんが助けてくれますよ。あの時のように、ね」意味ありげに微笑む草壁を不思議そうに見上げ、遅刻の罰則と言う書類整理が終わりを見せた、午後6時。


「 はふ、はふ…終わりました−! 」
「 うん、お疲れ。て言っても最後の一往復は草壁に行ってもらったから完全なゴ−ルとは言えないけどね 」
「 ううっ厳しいです雲雀サン… 」
「 当り前だよ。だからきみは、草壁が戻るまで掃除機でもかけてて。あと珈琲人数分も忘れずにね 」
「 は、はひ−! 」


夕方とはいえこの残暑の中、は良く動いているほうだと思う。そう言ってやっても良いのだが、甘えは許されない。仮にもきょう彼女は”罰則”としてここに来ているのだ。先生にも、それなりのものを見せる必要がある。「ふう。どうぞ」「お疲れ。草壁も着き合わせて悪かったな、それ飲んだら帰って良いよ」「へい。ありがとうございます」「はもう一仕事、ね」「ええっなんでですか!遅刻の罰則は終わったはず…あれ…」「気付いたみたいだね。そう、いま終わったのは”遅刻の”罰則。校則違反のほうはまだだよ」「うう…雲雀サンはやっぱり鬼だ…」「自業自得でしょ、風紀を乱すからいけないんだ」フン、と鼻を鳴らして珈琲をすする雲雀を、なんとなく格好良いだなんて思いながらみつめていると、不意に雲雀が合図した。「それじゃ、わたしはこれで。さんあとはがんばってください」「うう…きょうはありがとうございました草壁さん…」が項垂れながらそう言うと、草壁は嬉しそうに笑って応接室を出て行った。


「 ――――― たく、あんなに鼻の下伸ばしちゃって。格好悪いと思わない? 」
「 へ?なにがどう…? 」
「 ハァ、まあ良いや。それで?きみにはいくつか聴かなきゃならないことがあるんだけど良いかな 」
「 は、はい… 」
「 罰則の内容はその返答次第ってことで…最初の質問。どうしていきなり校則違反をするようになったの? 」
「 ――――― え、どうして、 」
「 それは僕が聞きたいよ。ほんの数か月前まできみは校則違反をするような子じゃなかったのに 」
「 そ、れは… 」
「 ――――― それは? 」
「 雲雀サンのことを、好きになっちゃったから…です 」
「 ふうん?だったら普通に接触する方法が思いつけなかったの?僕の反感を買ってまでいっしょにいて嬉しい? 」
「 ずるいですそんな言い方…!校則違反することしか、思い浮かばなかったんです!あたしの弱い頭じゃ、 」


珈琲カップを持つ手が、震えている。怒りで震えているのか、悲しみで震えているのかは定かではないが、普段のとは様子が違うことくらい、雲雀にも分かっていた。それでも、質問を続ける。「じゃああの日きみが男子の集団にまで割って入って助けた、あの男子生徒は誰?」「え…雲雀さんもしかして」「さっさと答えないとかみ殺すよ」「うっ…あれは、あたしの幼馴染です。昔から喧嘩弱くて、いつも弱い者いじめの対象でした」「ふうん…そう。そんな彼のことを、きみは”男”として意識したことはないんだね、一度も」「そうです、ね…ってやっぱり嫉妬…?」「うるさいな。僕だって人間だよ。気になるに決まってる」気のせいだろうか、雲雀の顔がほんのすこし赤くなっているように見える。夕日のせいだと言うかもしれない。でも、それでも。


「 雲雀さん?あの 」
「 ――――― なに 」
「 あたし、すごくすごく考えたんです。どうしたら雲雀サンに近づけるだろうって。眠れないほど考えて 」
「 …だから?ご褒美をくれって?なにそれこども? 」
「 あたしたち、十分こどもです。だから、いろいろ勉強しなくちゃいけないと思うんです 」
「 そうだね。この僕を勉強材料にしようって魂胆?怖いねきみって。実は策士だったんだ? 」
「 たとえに決まってるじゃないですか。雲雀さんが言ってくれないなら、もう良いです。あきらめます 」
「 誰も言わないなんて言ってないよ。せっかちなんだなあきみは。策士のうえにせっかちなんて、相当タチ悪いよ 」
「 ――――― あなたに言われたくありません 」


「仕方ないなあ…おいで」言って、夕日に隠れるように暗がりで唇を重ねる。「んん…っ」「これで満足?」「ふ…っは…っ変態です…っ」「でもきみはこれを望んでいたんだろう?」「てこでも言ってくれないつもりですね」「言いたくなったら言ってあげる。でもいまは、こうしていたかったんだ」「…勝手すぎます」「そんな身勝手な男を好きになったのは、どこの誰だい?」「もう一度キス、してくれたら教えてあげますよ」「…変態」雲雀の微笑のあと ――――― 厚く深く、またふたつの唇が重なった。


融解していく夏の心臓