「骸さん、お誕生日おめでとうございます!」ありがとうございます、。なんでそんなに嬉しそうなんですか?「そりゃあもちろん骸さんが生まれた日だからですよ!」なるほど。正確に言わせていただくなら僕が生まれたのはいまから14年前ですけどね。「屁理屈!」あまのじゃくなあなたには言われたくありません。だいたいなんですかプレゼントが黒いTシャツって。いまはそんな時代じゃないですよ。「照れてるんだ−骸さん可愛い」照れてません!、いいですか?誕生日プレゼントにも流行を取り入れるというのがいまどきの…って聞いてませんね。「ん?何か言った?」「…言ってません」はぁ、と浅くもなく深くもないため息を吐いて、シンプルな黒のTシャツをまじまじと見下ろす。 「 ひょっとしてそれ、気に入らなかった? 」 「 ああ、そういうことじゃないんです。あなたが一生懸命選んでくれたものですから、正直なんでも嬉しいですよ 」 「 えええ? 」 なんですかその疑わしそうな眼は。ほんとうはそんなこと思ってもないくせに、なんて言いたそうな顔ですね。ほんとうに嬉しいんですよ僕は。あなたのように良く出来た彼女に毎年悩んで悩んで悩み抜いて選んでくれたプレゼントをもらえるというのは。じゃあうだうだ言わずにお礼を言いなさい?まったく、どちらの立場が上なのか分かりませんね…え?恋愛に上も下もない?いやですねぇってば昼間からそんな如何わしいことを考えていたんですか。痛っ!痛いじゃないですか、顔真っ赤にして力いっぱい殴るのはやめてください。余計そそられ…分かりましたよもう黙りますからもおとなしくしてください。 「 はあ…なんか疲れた。普通に誕生日お祝いしたかっただけなのに… 」 「 すみません、。でも僕だって男なんですからそういった類のことを考えてしまうのは自然…、10年バズ−カなんていつから持ってたんですか 」 「 ん?さっきランボちゃんに貸してもらった 」 「 えへって…可愛いからいいんですけどね。あの…? こんなタイミングであれですが僕はに言っておかなくてはならないことが…って聞いてます? 」 「 聴いてませ−ん問答無用! 」 瞬間、フェ−ドアウト。いまごろは煙幕に包まれたが、どんなもんだい、と得意になっているころかもしれない。まったくもって、恐ろしい女だ。だけどもそんな彼女に惹かれてしまったのもまた他ならない自分だ。とりあえずはおとなしく、10年後の世界を散策するしかないみたいだ ――――― と。「ゴホゴホッ…煙た…っ」「その声は…」「この煙幕…ひょっとして10年前の骸さん?被弾しちゃった?」「ああ、はい」聴きなれた声。大人びた顔立ち。だけども目の前にいる女性はまぎれもなく ―――――― 「あなたは!10年後の…ですね?」「そのとおり」10年後の、だった。香水でもつけているのだろうか、ほのかに優しい香りが嗅覚をくすぐった。 「 じゃああと五分はこのままだねぇ。でも驚いたあほんとうに10年バズ−カなんてあったんだあ 」 「 ――――― フフッ 」 「 骸さん?その笑い方、そのままなんだねぇ。って何がおかしいの? 」 「 いえ、相変わらず良くしゃべるなあと…中身はまったく変わっていない様子でしたので、安心しました 」 「 えぇ−あのときは嫌そうだったのに? 」 「 あのとき?僕はを嫌だと思ったことはありませんよ? 」 「 ふふ。ほら、出会ったばっかりのとき。鳥みたいに賑やかなひとですね−って煙たそうに 」 「 ああ…あのときは僕もまだ若かったですからね 」 「 なに、大人になったつもりでいるんですか骸さん。あなたまだ10代でしょう 」 そうでした。ふと我に返って、くすくすと。風が歌うように微笑むの笑顔に、夢中になる。「おっと、そろそろ時間かな?」「え…ああ、そうですね」「ねぇ骸さん?」「なんでしょう」「あのときあなたが言いかけた言葉、絶対あとで10年前のわたしに言ってあげてくださいね」「…覚えていたんですか」「当り前です。未来のわたしからのお願い、聞いていただけますか?」「では、報酬をいただかないと」「ええ?でも時間が」「これで、」十分です。最後まで言わずに、触れるだけのキスをした。お互いがその唇を離した瞬間、再び煙幕に包まれた。 「 …良くも… 」 「 わあっ骸さんっ!あのそのっお帰りなさいっ 」 「 ? どうしたんですかそんなに慌てて…顔が真っ赤ですよ 」 「 な、なんでもないのなんでも!うん!ほんとうに! 」 差し詰め、先ほどの自分と同じようなことでも起きたんだろうと思うと、柄にもなく苛立ってしまった。「骸さん?どうしたの?怖い顔して…」いつも怖いけどね、と言葉の端に呟いたのを、聞き逃してくれる僕ではありません。「?10年後の僕から何か伝言…」「ふあっ!なにっ?」「、とりあえず深呼吸してください」言われるまま深呼吸をするに、10年後のはとてもきれいでしたよ、と皮肉を言うことも出来たが、それよりもいまは10年後のからのお願いを叶えてあげなければならないときだ。 「 あっそっそうだ!あのねっ骸さん! 」 「 分かりましたから落ち着いてください。10年後の僕からの伝言、思い出したんですね 」 「 そうなんです!あとで言いたいことがあるから聴いてあげてくださいって…それって、さっき言いかけたこと、ですか? 」 「 そうですね。、お願いがあります 」 「 お願い…? 」 「 もしも、10年経っても気持ちが変わらずに、ずっと僕のそばにいられたら 」 結婚しましょう。そう言った瞬間、は瞳に大粒の涙を浮かべて泣いた。わんわん、子どものように泣いていた。そんなに嬉しかったのかと思うと、たまらなく愛おしくなった。「僕、10年後のとキスしたんですよ」「え…!じゃあいまのお願いは確定しているようなもんじゃないですか」「まああくまで仮定の未来ですから…そうなるように、がんばりましょう。それと?僕にも何か言うことがあるんじゃないですか?」じ、っとを見据えると、はまた面白いくらいに顔を真っ赤にして、俯いた。「わ…わたしも10年後の骸さん、に」「されたんですね」「いいいいいやあの!襲われかけたとかそういうわけではなく…!」「ハァ……正直にもほどがあります。どうやら、謝らなければならないのは僕のようですね…」正直、泣きたいくらい未来の自分を抹殺してやりたい気持ちになったが、いまとなっては限りなく不可能なことなので、触れないようにしよう。まだまだこれから、楽しませてもらえば良いのだから。「骸さん?顔が怖いです」「生まれつきです」「うそだ−」隣でああだこうだ言っているを横目に、沈んでいく西日を見やった。あのとき香った香水のにおいがまだ、この鼓動を高鳴らせていることに気付かないふりをしながら。 やわらかい深海 |