「おう、いらっしゃいちゃん!また来てくれたのか」「おじさんこんにちは!ココのお寿司好きだから、また来ちゃった」「ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいね−つくり甲斐があるってモンだ」適当にカウンタ−に座り、ネタを頼む。ちょうど仕込みをしていたらしいおじさんは「あいよ!いつものやつだな」と元気良く言ってお寿司を握ってくれる。


「 ただいま−。腹減った−!おっと、お客さんか 」
「 おう、武おかえり。ここのところ良く来てくれる、さんだ。大学生なんだと 」
「 へえ−、じゃあ先輩になるってことなのか。いらっしゃいませ−いつもありがとうございます! 」
「 ふふ、こちらこそ。いつもっていうか、ほんとうに最近なんだけどね。隣町の大学に行く前に、腹ごしらえさせてもらおうと思って 」
「 ほれ、武。いつもの握っといてやっから、着替えて来い 」


「は−い」「元気ですね。息子さんですか?」「ああ。ひと手間もふた手間もかかる俺の一人息子だよ」「きょうは部活だったんですね。野球部?」「ああ。あいつは根っからの野球バカでな。野球だけが取り柄みたいなヤツだ」「へぇ−すごい。そう言えばもうすぐ選抜ですね。だから忙しいのかな」「このごろは練習ばっかみたいだからなあ。将来が心配でね−」「でも、いまがいちばん楽しい時期ですから」「お。ちゃん、言うことがオトナだねぇ」次のネタを握りながら、朗らかにそう話す竹寿司の主人。その様子を眺めていると、タンタンと階段を下りてくるひとの気配がして、は音のするほうを振り返った。


「 どうぞ 」
「 あ。ありがとうございます、すんませんお邪魔します− 」
「 そうしてると、恋人同士かなんかみて−だなあ武 」
「 ブッ!ごほごほ!親父ッ!会ったばかりの人間のまえでんなこと言うなよな−!すんません、なんかほんと 」
「 気にしてないから大丈夫。それより仲良しなんですね、ふたりとも 」


お茶をすすりながらくすくすと微笑むさんに見入ってしまう反面、心の奥は何故だかズキンと痛んだ。親父が冗談で言ったことを”気にしてない”と真っ向から否定されたからだろうか。分からない。どうして、初対面のひとにそんなことを思ってしまうのか。それも、分からない。「さん。俺、もうすぐ進路決定しなきゃなんないんスけど、良かったらいろいろ話聴かせてもらえませんか?」「ん、良いよ?武君て、地元の高校?」「あ、はい!すぐそこの…」「分かった、さっき真横通って来たもの。わたしの母校だよ」「へぇ!じゃあ、去年卒業したばっかなんスね」「うん、そうなるね。なんだか早くも懐かしいよ」「ハハッ、まだ一年くらいしか経ってないッスよ−」「ね。あ−おいしかった!おじさんご馳走様でした。お代、ここにおいておきますね」「おう。またな!腹いっぱいになって授業中寝んじゃね−ぞお」「ふふっ、がんばります」綺麗に笑う、ひとだなあと思った。武は自分の持っていたお寿司を落としそうになっていることに気付くと、慌てて口の中に放り込んだ。



「 、ふぁんっ 」
「 おいおい武、落ち着けって。んな慌てなくてもちゃんはまた来てくれるって!なっ 」
「 ふふっ、はい。そうだ、そんなにお話したいなら、あした会いに行くよ。母校の地区予選突破の応援も兼ねて、ね? 」
「 マジすか!ありがとうございます!そっか、あした日曜だから…大学も休みなんスね 」
「 うん、そういうこと。それじゃあ武君、おじさん、また来ます 」
「 おお!気をつけてな 」


「あ!と…また、あしたっ」「うん。あしたね」ひらひらと手を振ってくれるの背に、名残惜しくも手を振り返す武。「ふうんへぇ−」「な!なんだよ親父ッ」「いや?遂に武にも野球以外に興味が出て来たんだな−と思ってな」「な!ちが…!片づけ手伝うよ」「おう、助かるぜ。なんだ?何か聴きたそうな顔だな」「あのひと、いつから常連なのかな−って思って」お皿を洗いながら、横目に見慣れた父親の仕事顔をみつめる。「自棄に気になるみて−だなあ、おい」「だから−!そんなんじゃないって!」「一目ぼれか?」「え−!」「なんだよ、え−って。自分のことだろうがよ」言われて、まあそうだけど、と考え込んでしまった息子をなんとなく見やって、彼の父親は「ん−ありゃあ雨の日だったかなあ。二週間くらい前か?そのときは友達といっしょだったんだがな。妙に暗い姉ちゃんが来たな−ってそのときは思ってたんだよ」と言って、そのときの様子を聴かせてくれた。


「 ふうん、それで? 」
「 どうもその友達の話じゃ、失恋したみたいだったな− 」
「 なるほど… 」
「 なんだ、やっぱり嬉しそうじゃね−か。この変態め 」
「 あ−も−!んなんじゃねえって!それで?あのひとは沈んだままだったのか? 」
「 いんや?帰り際には元気になってたな。”ここのお寿司があんまりにもおいしかったから、元気をもらったみたいです”って言ってな 」


「武?それタワシ…」「うおっやべ!お代レジに戻したらテスト勉強してくるわ」「おう。あんがとな」そう言って後始末も手短に、二階の部屋に向かう。自然と、あしたのことを考えると心が弾んだ。あのひとにまた会える。あのひとが、会いに来てくれる。そう思うだけで、なんだってやれるような気持ちになる。「さん!ほんとに来てくれたんスね」「お疲れ様!すごかったよ−センタ−前ヒット!ピッチングも安定しているみたいだし、これなら予選突破も狙えそうだねっ」「さん、野球詳しいんスね」「すこしね。前すきだったひとが野球部だったから…」ざわざわと俄かにわあき立っている校門前。そこに、背を預けていたさんがいた。不意にさんの表情が暗くなったのを、武は見逃さなかった。


「 え−っと!グラウンド入ってみませんか! 」
「 え?でも…まだひとがいるんじゃ…、 」
「 大丈夫ッス!もうみんな帰りましたからっ。キャッチボ−ル付き合ってほしいんス 」
「 そう?分かった。懐かしいな−もうずっと、昔のことみたい 」


さん…」適当な場所に鞄を置いて、大きく深呼吸するさんの背中を見ていると、ギュッと胸の奥が締め付けられるような気分になった。「さんて、ココの…マネジだったんスか?」「ん?どうしてそんなふうに思ったの?」「なんか…グラウンドが似合うなあって思ったから」「流石野球部のエ−スだね。実はそうなの。野球はもともとすきだったんだけど、野球部の子たちがあまりにもきらきらしてたから…気がついたらあたしもこの世界に夢中になってた」「意中のひとは、そのなかにいたんスね」「渋いこと言うね−。まあそうなんだけどね」懐かしむように、だけどすこしだけ寂しそうに微笑むさんの横顔は、夕日に映えてとてもきれいだった。


「 聴いたことがあったんです、ちょっと前。野球部に、すっげ−綺麗な女の人がいたって 」
「 またまたあ。作り話でしょ−それ 」
「 違いますって!思い出したんです。なんでオレ、こんな大事なこと忘れてたんだろうって…。
  そんぐらい、野球に夢中だったんだと思います。だから…ほかのヤツなんかに先越されちまったんだなあ… 」
「 武…君…? 」
「 二年の途中からマネジになった、さん。俺はそのときからなんとなく気になってて…でも、 」
「 武君… 」
「 さんにはもうすきなひとがいて…そうこうしている間にふたりとも卒業しちまって 」


馬鹿ですよね、俺。シュッと、寂しそうな音を立ててボ−ルがミットに納まった。「あたし、やっぱり野球とは切っても切れない縁なのかなあ」「え?」「いままですきになったひとはね、み−んな野球をしていたの。みんなきらきらしてて、笑顔が素敵で、優しくて」「さん…」「ありがとう!武君のおかげで良い思い出になりそうだよ。あのひととすごした時間も、悲しい出来事も」「そ、ッスか」「どうして武君が泣きそうな顔してるの?」「え…?マジっすか。気がつかなかったです、ぜんぜん」「ふふ…ね、ひとつ言わせてもらって良い?」「なんスか?」「武君のこと、すきになっても良いかな?」「もちろんッス」「ふふっありがとう。おじさん聴いたら驚くだろうな」「そッスね」ボ−ルが、またミットに納まる。今度はさっきまでとは比べ物にならないくらいの迫力で、元気になったんだな、と思うとたまらなく嬉しくなった。もうすぐまた、三回目の夏がはじまる。


センチメンタルヒ−ロ−