コンコン ―――― いまはもう見慣れた、みるからに高価そうな大扉をノックして、長い漆黒の黒髪をなびかせた少女は深呼吸をひとつした。「ボス、婚礼のお支度、万端整いました」「…うん、入って」「え…。はい、失礼します」瞳をぱちくりさせながらも、重たい扉をゆっくりと開く。途端に、日の光によって視界が遮られ、は一瞬よろめきそうになった。晴の守護者 ――――― 笹川さんだな、と思ったはとんだ気合の入りようだ、とくすくす笑みを浮かべた。


「 なにかご用ですか?ボス 」
「 いまは、幼馴染としてそばにいてもらいたいんだけどな 」
「 そうですか、なるほど。それで安心して話せるよう配慮をしてくださったのですね…ありがとうございます 」
「 でも驚いたな、まさかこっちに来てと再会するなんて。いまや”最強のスナイパ−”って言われてるみたいじゃないか 」
「 あら、だからこそ守護者でもないわたしをボディ・ガ−ドとしておそばに置かれたんでしょう? 」
「 まあ、そうなんだけどね。は嬉しくないの?こうしてまた幼馴染として会えるなんて 」
「 そりゃあ、もちろん嬉しいよ。嬉しいに決まってんじゃん。ただ… 」
「 ―――― ただ? 」


継承の儀式を終えて、正式にボンゴレの10代目に認定されたボンゴレマフィアの、大空の守護者 ―――― 沢田綱吉をみつめて、はふっとため息を吐くなりふるふると首を振った。「なんでもない。結婚、おめでとうツナ」「うん、ありがとう」「そう言えば、相手の子の写真とか、まだ見てないんだけど?」「ああごめん、みんなを吃驚させようと思って、誰にも内緒にしてあるんだ」「へぇ…サプライズってわけね。でもツナ?リボ−ン君には話してあるんでしょう?」「もちろん。さあ行こう、も向こうで着替えるんだろう?」「ええ、そのつもり。ドレスのままじゃ、ツナになにかあったとき動けないからね」はそう言って肩をすくめ、すこし困ったように笑みを浮かべた。


「 ツナ!!そろそろ時間だぜっ 」
「 山本君、獄寺君…それにみんなも。やっぱりス−ツが似合うね 」
「 へへっに言われると照れるな−。きょうぐらいは羽目を外せよ? 」
「 ええ、そうさせてもらうつもり。みんなこそ途中で寝ちゃだめだよ? 」
「 そりゃこっちの台詞だ!うし、それじゃあ10代目、そろそろ行きますか 」
「 ―――― うん。みんな、ごめんね 」


どうしてだか、どことなく寂しそうにそう言った綱吉の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。なんだろう、この違和感は。仲間たちは親友でありボスである綱吉を小突いたりしながら、「10代目が謝ることないっすよ!」「ああ、そうだぜツナ!もう謝らないって約束しただろ?」「沢田!男に二言はないんじゃなかったのか!」「しっかりしやがれダメツナ」なんて、口々に言われている。その様子も見慣れたもので、自然と笑みさえ出てくるのだから不思議だ。みんなの笑顔は、この数日間で生まれたいろんな気持ちをあっという間に消してくれる。わたしは正直、まだ迷っている。幼馴染の綱吉に、心の底からおめでとうって言ってあげたい。だけど、ほんとうのほんとうは ―――― 。


「 安心しろ、 」
「 え…わあリボ−ン君!いつの間に…! 」
「 うそいえ、お前俺がそばにいたこと、とっくの昔に気付いていただろ。んなんでスナイパ−がつとまんね−からな 」
「 …ふふっやっぱり”最強の赤ん坊”にはかなわないね 」
「 あたりめ−だ。それより、おめ−がんな湿気た面してっとツナが笑えね−だろ。笑え 」
「 笑ってますよ。ご覧のとおり 」
「 バ−ロ−、それでダメツナをごまかせてもなァ、俺の目は誤魔化せね−んだぞ 」
「 あ−あ。だからリボ−ン君がいっしょに乗るの、嫌だったのに 」
「 ツナんとこには獄寺と山本がいるからな、定員オ−バ−だったんだ 」
「 リボーン君があのふたりに乗れって言ったんでしょ−?もしくは無理矢理押し込んだか 」
「 ちっ良く分かってんじゃね−か。それよりちゃんと笑えよ、なんも心配いらね−から 」


ぽんぽん、と思いのほか優しく肩をたたかれ、は一瞬目を見開いた。「良くわかんないけど、分かった。ありがとうリボ−ン君」「お礼を言う相手が違うんだが…まあ良いか、いまは」「?」相変わらず何が言いたいのか分からないが、リボ−ンのおかげで最後の迷いが吹き飛んだのは事実だ。”なにも心配はいらない”リボ−ンの力強い言動が、力をくれた。ちらりと横目でリボ−ンをみてみれば、どこか楽しそうにくつくつとのどの奥で笑っているのが分かる。その様子が妙に格好良くて、思わず見入ってしまいそうになったけど、リボ−ンと視線が合いそうになって慌てて視線をそらせた。


「 おいおい、ツナに妬かれるのだけは勘弁してくれよ 」
「 はい−!?妬く!?妬くってなんで?ツナが?あたしに?相手の子じゃなくて!? 」
「 声がでけ−よ。傷心のわりには嬉しそうじゃね−か。そろそろ感づいてんじゃねぇのか、お前…まあ良いけどな 」
「 どうでも良いけど、リボ−ン君こそ自意識過剰にもほどがあるんじゃない? 」
「 どたまかち割られて−か? 」
「 互角にやりあえる自信はあるけど、喜劇を悲劇にしないでくれませんかリボ−ンさん 」
「 喜劇っつうほどのモンでもねぇがな…お前との力試し、楽しみにしてたんだがなあ 」


拳銃をしまい、深く帽子をかぶってため息を吐くリボ−ン。は”またまたあ”と言って流れる景色に夢中になった。そうして何事もなく会場につくなり、あいさつも手短に着替えの部屋に行くと、想像していたどの衣装よりも美しく、ため息も出るような純白のウェディングドレス。「こ…れは、いったい」「沢田さんが、これを着せるようにと」「お手伝いしますわ、沢田夫人」「え…ええっ!だ、だって!そんな話、ひと言も!」「はい。きょうまでお知らせしないようにと言いつけられていましたので」「なんでも、先の会合で危機的な状況下にあるあなたのマフィアが本ボンゴレの傘下になられたとか」「…!おじ、おじさま…!」「状況を把握されたようですね。あなたがイタリアにもどって来ることになったのも、必然だったわけです。ではお着替えを」叔父への反論は絶えなかったが、正直こんな展開がほんとうに待っていただなんて。いろいろ落ち着いたら一発ツナも殴らせてもらおう。いくら混乱を避けるためと言われようが、本人の意思を無視していいわけがない。


「 あのくそじじい… 」
「 はははどうしたの、顔が怖いよ? 」
「 ツナもツナよ、おじさまのところが危機的な状況だって言うのは知ってたけどっ… 」
「 利害は一致したわけでしょ?なにか問題でもある? 」
「 どの顔がそんなこと言えるのよ…ハァ、なんかもうどうでもよくなってきた 」
「 そう?それは良かった。じゃあ行こうか? 」
「 はいはい、どうせもう後戻りも出来ないんでしょ 」
「 聴きわけが良いのは相変わらずだね、。僕のお嫁さんになってくれる? 」
「 じゃあ、ボディ・ガ−ドやめなくちゃね 」
「 うん、もうその手筈もしてあるよ。行こう、みんな待ってるよ 」
「 ――――― うん。分かってる。だからね、これがあたしの答え 」


ふわっと、頬に触れるウェディングベ−ルがくすぐったい。 ―――― は、覚えているかな。昔、昔の大昔のことを。「はどうして僕のそばにいてくれるの?」「だって−っツナってば危なっかしいんだもん!だから、わたしが守ってあげなくちゃ」「僕、男だよっ!俺がを護らなきゃいけないのに」「いまだけね!大きくなったら、今度はツナがわたしを護って!」「…分かったよ。約束する」からめられたふたつの小指。あのときからきっと、ふたりの運命はつながっていたのかもしれない。




煌めく星は花嫁の足許