「わ−街がバレンタイン一色だあ」買い物帰りの午後、材料の買い出しを終えたはピンクや赤に装飾された街並みを眺めて、瞳を輝かせた。ハロウィンだとかクリスマスだとかのときもそうだったけど、普段とは違う雰囲気の街並みを見ると嬉しくなって気分が高揚する。「あれっ?京子ちゃんにハルちゃん?」「あっちゃんこんにちは−!ちゃんもバレンタインの買い出し?」「へへへ、まあそんなとこ。ふたりも?」「こんにちはですちゃん!なんだかお久しぶりですねっ」「そだね、ハルちゃんと会うのは久しぶりかも!ハルちゃんは沢田君にだよね。京子ちゃんは?お兄ちゃんに?」「ふふっちゃんにはかなわないなあ…全部お見通しなんだもんね」「でも!ひとつ誤算がありますよっ京子ちゃん!」「え?」偶然行き違いになったハルと京子に遭遇して、バレンタイン話が花開く。ちちち、と人差し指を立ててどこか得意そうに話すハルを、は瞳を眇めて「なあに」と話の続きを促す。


「 いっけないもうこんな時間だっ 」
「 ほんとうです−恋話をすると時間なんてあっという間ですね− 」
「 あっごめんねふたりとも…立ち話になっちゃって。時間だいじょうぶ? 」
「 大丈夫、お夕飯つくらなきゃいけない時間になっちゃったから…じゃあちゃん、またあした学校でね! 」
「 うん!京子ちゃんまたあしたっ 」
「 もうすこしちゃんと話したかったです−ハルは違う学校だから 」
「 ありがとうハルちゃん。バレンタイン後に沢田君の反応教えてね? 」
「 はいっていうかちゃん直接ツナさんに聴いたら良いじゃないですか− 」
「 あっそれもそうか…でもあんまり話してくれそうにないし、やっぱりハルちゃんに聴きたいなあ 」
「 ふふっじゃあ任せてください!絶対驚かせてみせますから! 」


京子ちゃんに急かされて、ハルちゃんが慌てて彼女のあとを追いかける。は手を振りながらふたりの背中を見送ってわたしも早く帰って準備しなくちゃ、と家路へと急いだ。「おはようっみんな!」「おはよ−!きょうはギリギリだったじゃん」「ちょっと準備してたら遅くなっちゃった」「準備ってなんの?…ああきょうバレンタインか。道理で教室が賑やかなわけだ!ちなみに山本はまだだよ?」「うっ…沢田君にはやっぱりかなわないなあ…」「良く京子ちゃんといっしょに会いに来てたとき、山本のそばにいたの行動がおもしろかったからリボ−ンがそうなんだろって言ってたよ」「なあんだ、やっぱりリボ−ン君の助言か−そうだよね、沢田君自分のことにも鈍そうだから気付くはずないよね」しきりに頷いていると、沢田はひどいなあと言って苦笑いを浮かべた。


「 山本く−んおはようっ!これもらって−! 」
「 山本君おはよ−!チョコあげるっがんばってつくったんだよ− 」
「 山本君−! 」
「 おわっちょっと待てよまえに進めないだろこれじゃ 」


山本の声がして、思わず姿を捜してしまう。何気なく眼が合って、山本がニカッといつもの笑顔を見せてくれる。その瞬間、女子の黄色い歓声が教室を震わせる。「ツナ、!おはよ−さん」「おはよ−山本。無事たどり着けたみたいだね」「あ−きょうほど学校来るのが大変な日はね−よ。?大丈夫か?」「へ、あ…ああうんだいじょうぶ!ありがとう山本君!おはようっ」「ハハッ、落ち着けよ。あ…なあ」「え、な…なにっ?」不意に山本が声の調子を低くして、こっそりみんなに気付かれないように耳打ちをした。「放課後、みんなが帰ったら野球部の部室に来てくんね−かな」「そ、それは別に良いけど…野球部終わってから行けば良いの?」「うん、そう。おまえきょう委員会だっただろ?時間ちょうど良くなるだろうから…んじゃ、待ってっからな」ぽん、と最後に背中をたたかれて、ぽぽぽっと顔全体が熱くなっていくのが確かに分かった。人目を気にして、わたしが気兼ねしなくて良いように気を使ってくれたんだ、と思うとぽかぽかと心が暖かくなって放課後が待ち遠しくなった。そんな調子で浮かれていたから、陰で噂している女の子たちに気付けなかったわたしは昼休み、屋上のコンクリ−トで顔をすりむく羽目になった。”調子に乗るな”って、”山本君がわたしなんかを相手にするはずがない”って、突き放すように吐き捨てられた言葉を胸の奥にしまいこんで、委員会を終えたわたしは約束の時間、言われたとおりにグラウンドにやって来た。


「 ふうっ…大丈夫、大丈夫、 」
「 !良かった、来てくれたんだな 」
「 山本、くん!部活お疲れ様っ休まなくて平気? 」
「 へ−きへ−き!こそ大丈夫か?しんどくないか? 」
「 う…ん、平気。あのね山本君、わたし 」
「 たんま。大事なとこ止めて悪ィけど…その顔、どうした 」
「 へっ?あ…ううん、なんでもないの。ちょっと体育のときすりむいちゃって 」
「 …おまえはほんと、嘘が下手だな 」
「 え…どうしてうそって 」
「 泣きそうな顔してんじゃん。はすぐ態度に出るんだから、下手な嘘はつかないほうが良いぜ?
  それとも…俺には言えないことなのか? 」


「それは…」そんなことはない、と言いたかった。だけども嘘をついていることが分かってしまった時点で、山本はきっとショックを受けたに違いない。これ以上迷惑かけたり悲しませたりしたくないのに、言葉が出ない。だんまりしていると、山本は昼間わたしの背中をたたいたのとおなじリズムで、ぽんぽんと優しく頭を叩いてくれた。撫でるように、ひどく優しく。「言いたくないなら良いけどな、しんどくなったらなんでも言ってくれよ?俺はこれから一生、を守っていかなくちゃならないんだから」「え…?」「それ、俺に…だろ?」「どうして、」「約束の場所に”それ”を持って来てくれるってことはそう言うことなのかな−って、なんとなく期待しちまったんだけど…違ったかな」ぽりぽりと、バツの悪そうに後頭部を掻き毟る山本を見上げて、はとうとうこらえきれなくなった涙を流して山本に抱きついた。枯れるまでずっとずっと、情けなく泣き続けた。それなのに ――――― 練習のあとで、すこしでも早く帰りたいだろうに山本はユニフォ−ム姿のまま、が泣きやむまでを抱きしめた。


「 ごめん、ね、山本君…部活のあとで疲れてるのに…情けないとこ、突き合わせちゃって 」
「 んなの、ぜんぜん構わね−よ。の泣き顔すげ−可愛かったし 」
「 もう… 」
「 ハハッ。もう大丈夫か?落ち着いたみたいだな 」
「 うん、ありがとう。山本君のおかげだよ!おかげでわたし、どんな結果だったとしてももう泣かないと思う 」
「 あ−そのことだけどな。な−んでおまえはフラれること前提で話を進めんだ? 」
「 え、だって…山本君にはぜったいわたしなんかより可愛くて綺麗で気が利いて優しい子のほうが釣り合うだろうし 」
「 …もしかして、ほかのヤツになんか言われた? 」
「 えと…そのあの…はい… 」
「 ハハッ、がんな顔することねぇって。よ−し、いまに見てろそいつら泣かせてやるから 」
「 だ、だめだよ山本君!いくら山本君が喧嘩強くったって退学処分なんてなったらわたし! 」
「 冗談に決まってんだろ。のちょっと困った顔が見たかっただけだって 」
「 冗談…って!わたしほんとうに心配なんだよ。山本君がいない学校なんてつまんないし… 」
「 そっか−つまんないか。なあ 」
「 な…なに? 」
「 もう口にする必要もないかもしんね−けど、俺はずっとのことがすきだったんだ 」
「 山本君…ほん、とに? 」


「んなことうそじゃ言えね−だろ」ほんのちょっと恥ずかしそうに俯いた山本を見て、確かに、とは赤く腫らせた目じりをなんとなく気にしながら、持っていた包みを山本に手渡した。「これがわたしの答えだよ。渡すの遅くなっちゃってごめん、ね」「サンキュ!からもらえるなんて、なんか夢みたいだ…!」「そ…そんなに?」「ああ!だって俺はずっと、からもらいたかったんだもんよ」「ありが、とう…そんなに喜んでもらえるなんて思ってもみなかった…味の保証は出来ないけど…」「だいじょ−ぶに決まってんじゃん!料理うまいってもっぱら噂だもんな!」きらきら、終始嬉しそうな笑顔の山本をみていたら、さっきまで泣いていた自分がうそみたいだ、とは不思議な感覚に陥った。やっぱり山本の笑顔には、不思議な力があるみたいだ。「んまいっやっぱは料理うまいのな」「そんなことないよ。でも…ありがとう」笑って、はじめてふたりで岐路につく。傾いた西日は淡く、ふたりの背中を照らしていた。


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