「はあ−」「流石に冷えますね」「ええ、そうね。雪でも降るのかも」隣に立って、同じように寒空を仰ぐ男 ――――― レオナルド・リッピが頷いたのを確かめてから、はまたかじかんだ手のひらに吐息を吐きかけた。刻限は夜の9時前後だろう、ふたりは任務帰りでミルフィオ−レ本部に戻るところだった。昼間から白い雲を低くしていた空がなおも真っ白になり、いまにも雪が降り出しそうだった。指定のコ−トを羽織っているとはいえ、思わず身震いをしてしまうほど寒い。


「 おや、そんな格好をしていては風邪を召されますよ。わたしのコ−トを着ていてください、様 」
「 でも、それじゃああなたが風邪をひいてしまうわよ?それに、わたしのことはで良いって言ったはずでしょう? 」
「 はは…、すみません。慣れないもので 」
「 そんな顔をしなくても良いのに… コ−トなら大丈夫よ、あなたが持っていて?返しに行くの、大変だし 」
「 そうですか?同じホワイトスペルなんだから不便なはずは… 」
「 そうね、ブラックスペルだったら隊長格が黙っちゃいないかも。でも…ってちょっと、レオナルド? 」


「驚いた顔も可愛いですよ、」「…!その声は、ボンゴレの、」肩にふわっと、二枚目のコ−トが羽織らされて、は思わず目を見開いた。なぜって、目の前にいるのはボンゴレの霧の守護者 ――――― 六道骸だからだ。どうして、いままで自分は気付けなかったんだろう。思い返してみれば、不自然なところは多々あった。すこし前に同行した任務だって、それほど真剣に話を聞いている様子はうかがえなかったし、その証拠にいい加減さがにじみ出ていた。お店巡りだって、白蘭様への貴重な報告材料になると言うのに、「そうですね、良いんじゃないですか?」のひと言に終わった。入江に知らせようと方向転換すると、突然手首を掴まれた。


「 ―――― なにを、 」
「 雪です 」
「 え…?雪…? 」
「 本部に入ってしまったら、次はいつ見られるか分からない 」
「 …それは、 」


確かにそうだ。今回の任務だって、レオナルドの先輩としてたまたま同行するように言われただけのことで、次はいつ外に出られるか分からない。外部調査ならなにも、自分でなくてもほかのホワイトスペルの人間に任せればよいだけの話だ。が落ち着いた様子を見せると、レオナルド ―――― 六道骸は満足そうにほほ笑んで、さらに言葉を続けた。「それに、ボンゴレの霧の守護者と話が出来るなんて、なかなかありませんよ?」「ボンゴレの守護者って、自分を卑下する趣味があるのかしら?」「まさか。わたしの場合は例外ですがね」「そうでしょうね。良いわ、気が変わったからすこしの間ならお相手しましょう?ボンゴレの ―――― 六道骸さん」「骸、と呼んでください。フルネ−ムで呼ばれるのはどうも、調子が狂います。特に、あなたに呼ばれるとね」くすっと、空気が震えた。レオナルドが、否。六道骸が笑ったのだと、表情を見なくても知れた。


「 あなた、ほんとうは気付いていたでしょう。わたしが侵入者だと…それなのになぜ、黙っていたんです? 」
「 確証がなかったから…理由はそれだけよ。どうして? 」
「 あなたはホワイトスペルの総大将とも言える入江正一から呼び出されたとき、一度本物のレオナルドを見ているはず 」
「 …監視カメラね。そんなことするなんて、ただの変態よ 」
「 なんとでも。これもわたしの仕事ですのでね、邪魔をするというなら手を考えないわけにはいきません 」
「 そう…これが、あなたのボンゴレでの仕事のひとつ、なのね 」
「 ―――― ご明察 」
「 だから、いま通報しようとした行為はうそだったと…そう言いたいのね。まったく、ボンゴレにはもったいない頭脳だわ 」



「恐縮です」レオナルド ―――― 遂に正体を現した六道骸が言葉とは裏腹の笑顔を見せる。まったく、どこまでも食えない男だ。「その頭脳に評して、ひとつだけ教えてあげるわ」「なんでしょう?」「わたしがいままで黙っていたのはね、こうして話をしてみたかったからなの」「では、もう通報しない理由がなくなったわけですね」「そうね ―――― いえ、まだ早いわ」「はい?」「あなたにはこのコ−トのお礼もあるし、今夜のお礼に最後まで黙認していてあげても良いわ」「それはそれは…ではまだ、あなたに会っていられるというわけですね」不意に、自分のものではない別の吐息が耳のすぐ近くに感じられた。なぜだか、耳が ―――― いや、心の奥がくすぐったい。落ち着かない。それもこれも全部、レオナルドの皮をかぶった六道骸の策略のうちなんだろうか。そうなのだとすれば、想像以上に恐ろしい男だ。


「 あなたのすきには、させないわ 」
「 はい?何か言いましたか? 」
「 いえ?こちらの話。あら ―――― 降り出したわね 」
「 予報があたりましたね 」
「 ええ ―――― あら、いまはもう六道骸ではないのかしら、レオナルド? 」
「 なんのことでしょう?ああそうそう、コ−ト、あとでちゃんと返してくださいね様 」
「 ふふ…ええ、分かっているわ。ありがとう ―――― あなたが来たことで、ミルフィオ−レが変わることを期待しているわ 」


「はあ…」ため息交じりに、レオナルドが頷く。しんしんと夜の帳に降り出した白雪は、当分の間止みそうにはなかった。ミルフィオ−レ、ホワイトスペルの宿舎について、は振り向きざま「それじゃあね、良い夢を」と言って、そっとほほ笑んだ。「様も、おやすみなさいませ」そう言ってほほ笑んだレオナルドもまた、どこかいつもはあまり見せない満足そうな笑みを浮かべて、を部屋まで見送った。ふたりが会話を交わしたのは、遂にこれが最初で最後になろうとは、にはとても想像の出来ないことだった。


君にとっての今日が幸福であればいい