グラウンドに、試合終了のサイレンが鳴り響く。「あっした−!」双方の中学校の野球部員たちが帽子を脱いで敬礼する。「終わっ…た…」仲間たちが帰り支度をしている中、二年生のは脱力したようにベンチに寄りかかって、ぺたんと地面に座り込んだ。「、大丈夫?」「はは…うん、大丈夫」「あんまり大丈夫そうに見えないよ?山本先輩を、勝たせてあげたかったんじゃない?」「…分かるんだね」「当り前よ!どれだけいっしょに仕事して来たと思ってるの?ほら、しっかりしなさい。山本先輩だってチ−ムのためにがんばって笑ってるんだから」トン、と同じマネジの女の子に言われて、は「うん…」と力なく頷いた。だけども、どうにも立てる気がしなくて、はふっと頭上に影が差したことに気付いた。 「 ―――― 山本…先輩… 」 「 大丈夫か? 」 「 ハハッ…正直あんま、大丈夫じゃないです… 」 「 だよな−、オレだって立ってるのがやっとだもんよ。ほら 」 すっと手を差しのべられて、はその大きな手のひらに支えられてようやく立ち上がった。彼の後ろを見てみれば、ニヤニヤとどこか厭らしい笑顔を浮かべている野球部員たちや顧問の先生、そしてさっきまで話をしていた同じマネジの彼女。瞬間に、の顔に熱が集中していく。「どした?」「いや…なんかみんなの視線が…」「あ−じゃあさ、放課後。最後のミ−ティングが終わってみんなが帰るまで、グラウンドに残っててくんね−か?」耳元でぼそっと言われて、またかあっと顔が熱くなる。山本先輩の吐息がすぐそばで聞こえるなんて、なんだか夢みたいだ。ちょっとまえまでは試合に負けたショックで立ち上がることすら出来なかったのに、どうにかなってしまいそうだ。そして並盛中学に戻り三年生が最後のミ−ティングを終えて、約束の時間になった。ドキンドキン、心臓が早鐘のように高鳴ってうるさい。帰り際、マネジの女の子に「言うならチャンスよ」とウインク付きで言われてしまったことがいちばんの原因なんじゃないかって思うけど、きっとそれだけじゃあないような気がする。三年生が遣っていたロッカ−を片づけていると、部室の窓の向こうに山本先輩がいるのを見つけて、は大きく深呼吸をした。「…よし、」意気込んで、部室を出る。ひやりと冷たい風が、グラウンドにつむじ風を巻き起こす。 「 ―――― 山本先輩 」 「 おう、。ご苦労さん 」 「 ありがとうございます。山本先輩も、試合お疲れさまでした… 」 「 ああ、サンキュ。んな顔すんなよ、は悪くね−って 」 「 わたしは別に…そんなんじゃ、 」 「 聞いたぜ?お前がいちばん出て行く俺たちを勝たせてやりたいって言ってたって。 そのために敵情視察したり遅くまでビデオ見て分析してくれたり、グロ−ブやバッドの調整してくれたり… 」 「 …だって、それがマネジの仕事じゃないですか 」 「 の野球に対する情熱は並々ならね−ってみんな吃驚してたんだぜ?だから余計嬉しかったんだよ 」 「 山本先輩…すみません、でした…わたしの力不足で… 」 「 違うよ。の、じゃない…俺たち全員の、だ 」 山本先輩が、満面の笑みでほほ笑む。いつもの太陽に負けないくらい眩しい笑顔。みんなを元気にしてくれる、魔法みたいな笑顔。わたしのいちばん、だいすきな笑顔。でも、いまは。「どうして…、笑っていられるんですか…?」「ん?」「きょうは、山本先輩たちにとって最後の試合だったのに…負けちゃったのに…無理に笑うことなんて、ないです…!」「ちょ、泣くなよ」「ほんとうは泣きたいくせに…みんなのためなんて…格好つけすぎです」「ハハッ…やっぱ、マネジにはかなわね−なあ」ひっく、と肩を上下させて声を殺して涙を流していると、ふわっと抱きしめられたような気がした。「山本、先輩!?」驚くあまり、身動きが出来ない。嬉しいと言って良いのか、抵抗するべきところなのか、変なところで悩んでいる自分がおかしかった。そうしてじっとしていると、山本先輩のほんのちょっとだけ、すすり泣くような声が聞こえた。心なしか、肩がすこしだけ濡れている気がする。 「 勝ちたかった… 」 「 ――――はい… 」 「 お前たちに先を越されたく、なかった…!どうしても、自分たちの手で、勝ちたかったんだ…! 」 「 はい… 」 「 なのに…っ!なんでだよ…みんなあんなに頑張ってたじゃね−か…っ 」 「 はい…ずっと、見てました…ずっと…ずっと…みんなの背中を… 」 「 … 」 ぎゅうっと、抱きしめる力が強くなった。はそんな山本先輩の背中を、ぽんぽんとたたいていることしか出来なかった。そばに、いることしか出来なかった。「大丈夫です…夢はまだ…これで終わりじゃありません」「…」「行ってください、甲子園に。山本先輩がずっと行きたいって言っていた…夏の舞台に。わたしはずっと、山本先輩のことを応援しています」「…サンキュな。なんか…情けないとこ、いっぱい見られたなあ」「いいえ、山本先輩の泣き顔なんてきっとレアです」「お前なあ…自分で泣けって言っておいてそれはないだろ−」山本先輩が顔をあげて、はにかむように笑った。良かった、もう大丈夫みたいだ。 「 ―――― 」 「 はい? 」 「 絶対、同じ高校に来いよ。絶対、また野球部のマネジになってくれよ。 そしたら今度こそ、俺がを甲子園に連れて行ってやるから…だから、絶対、 」 「 山本…先輩…?同じ高校に、行っても良いんですか…? 」 「 当たり前だろ。俺はに、ずっと俺のそばで支えていてもらいたい。…だめか? 」 「 だめじゃないです…、嬉しいです…! 」 「 サンキュ。…あとな、 」 「 はい、なんですか? 」 「 勘違いしてるかもしれね−から、言っておくけど 」 「はい」相変わらずわけがわからないままのはコトンと首をかしげて、ただただ山本先輩を見上げるようにして見つめていた。しばらく瞬きをしていると、一瞬山本先輩の表情がすごく近くに見えて、途端に唇が暖かくなった。何度も何度も、瞬きを繰り返して、ようやくことの真相に行き着いたは、思わず声を張り上げた。「え、ええっ?そん、そんな…そんなことって」「最後の試合が終わったら言おうって、ずっと決めてた。…はじめて見た時からずっと、お前のことがすきだった」「山本先輩…!ありがとう、ございます…!わたしも…ずっと、山本先輩のことがすきでした…!」涙を浮かべてそう言ったら、山本先輩はハハッといつものように笑って、ぽんぽんとの頭を優しくたたいた。「じゃ、もう”山本先輩”っつうの、なしな」「山本君?」「…分かってんならこっちにも考えがあるぜ?」「な、なななな、なにを言って…!呼べるわけないですよっ…た、た、武、なんてっ」「いま言えたじゃんか。ほら、もう一回言ってみ?」「た…っ無理です!山本先輩、オトコノヒトになった途端、変態です!」「お?分かってんじゃんか。きょうは名前を呼んでくれるまで家に帰さないからな」始終、楽しそうに話している山本先輩を恨めしく思いながら、は盛大にため息を吐いた。 全ては瞬きの間に |