俺には、すきなやつがいる。隣の席で、ぼんやりと頬杖をついてなんとなく授業を聞いているクラスメイトの○だ。彼女は特別勉強が出来るわけでも、スポ-ツに秀でているわけでもなく、かといって委員会や生徒会で目立った活躍をしているわけでもない、ごくごく普通の女子高校生だ。こんなことを本人のまえで言ったらぶん殴られそうだな、ハハッ。いやまあ、○は優しいからそんなことはしないだろうけどもとにかく○は、どこにでもいるような普通の高校生で、だからと言って共通点や接点が見事なまでにない。だけども、世間的に言わせてみれば相手をすきになるなんて理由はないのだ。理由なんて、あとからいくらでもついてくる。そうだな、野球がすきなこととおんなじだと俺は思っている。そうだ、唯一の共通点と言えば野球がすきなことくらいだな。その証拠に、○は野球部のマネジをやってくれている。まったく話したことがないなんて、うそになるな。


「 ―――― 山本、山本っ 」
「 え 」
「 え、じゃなくて!当たったよ、ここ!問題集の12問め! 」
「 まじで。サンキュ-○ 」


○が驚いた顔して、眼をまんまるくしている。やっべ、可愛いなあなんて思いながら、表情が緩みそうになるのを必死でこらえて、いまにも咳払いをしそうな数学教師と対峙する。チョ-クを乱暴に渡され、どうも、と頭を下げると今度は問題とにらめっこだ。答えは○が教えてくれていたので、それほど悩むことはなかった。まあ教えてもらわなくても解ける問題だったのだが、○の好意だ、無下には出来ない。つうかするわけがない。「よし、良いぞ山本」「どうも…」教師が満足そうに笑って、オレを送り出す。教室が一瞬、黄色い声(女子の歓声)に沸き立ったような気がしたが、そのなかには○はいないんだろうなあと思うと寂しくなる反面、嬉しくもあった。それでこそ、自分のすきな○だからだ。ふっと○のほうをみてみれば、眼が合うなり彼女はニコッと笑みをみせてくれた。やっぱり俺は、○のことがすきだ、たまらなく。だけども、俺たちの恋が容易くハッピーエンドに向かうとは、到底思えなかった。なぜって、○は俺の中学のころからの親友、沢田綱吉のことがすきだからだ。なんでも彼とは幼馴染らしくて、いつも影から支えてくれていたらしい。ああこれはもちろん、ツナからの情報だ。じゃあむしろ会話のチャンスはこれでもかってくらいあっただろうと言われれば確かにそうだ。だけどもうまくいかないのが現実と言うもので、○はすぐさまツナのところに行ってしまうのだから、数あるチャンスも減っていってしまうというものだ。


「 青春かあ… 」
「 な-にぼんやりしてんの?山本! 」
「 え、うわあ○!び、吃驚するだろ…な、なんだよ? 」
「 ふふ、山本変な顔-、吃驚しすぎ。業務連絡だよ業務連絡 」
「 ああ…そうか。なんだって? 」
「 きょうは監督、お休みなんだって。敵情視察?かなんか分かんないけど…試験も近いし、勉強しとけって 」
「 げ-、もうそんな時期かあ 」
「 当り前だよ、期末期末。それじゃあ、そう言うことだから! 」
「 あ…なあ、○ 」
「 また名前で呼ぶ!さっきも急に呼ばれちゃったから吃驚したよ-。どしたの?突然 」
「 別に…、なんとなく、名前で呼びたかったんだ。だめか? 」


ニカッと、いつもの笑みで聴いてみる。内心はすげ-動揺したりしているんだけども、意外にこれが気付かれていないのだからおかしな話だ。そして○はというとやっぱり、また驚いた顔をしている。「…考えとく!」「え-?なんでだよ、ツナには良くて俺にはだめなのか?」「…ごめん」冗談で言ったつもりだったのに、心の奥はちくりと痛い。○は申し訳なさそうに俯いて、またごめんと言った。なんだか、こっちまで笑っていられる余裕がなくなりそうだ。これ以上言及すれば○を傷つけてしまいそうで、怖くなった。「…そっか」「ほんと、ごめん。じゃあ…またあした、ね?」「…ああ。じゃあ、な」そんなやりとりをして、○が教室から出て行った。たぶん、ツナに会いに行ったんだろう。あいつとは、高校になって別々のクラスになったからな。…いつから臆病になったんだ、俺。


「 ―――― こういうときは素振りだよな! 」


運悪く練習が休みになってしまい、それでも気分が晴れないときはこうしてひとり屋上で素振りをすることにしている。身体を動かしていると気分も紛れるし自主トレ-ニングにもなる。15分ほどして、昼間の○の表情を思い出した。頬杖をついた綺麗な横顔、俺だけに向けてくれる笑顔。優しい眼差し、涙線を震わせる温かい声。マネジ業で荒れに荒れた手、頼りない小さな背中。「だ-、もうっ!」バッドを床に放り投げて、ゴロンと寝ころぶ。寒空を仰いでいると、自然と身体が震えた。○の次に思い浮かんだのは、大親友の笑顔だ。彼は遠くない将来、現在縁談を組まれている同盟ファミリ-ボスの令嬢と婚約することが決まっている。おそらくそれは、○も知っていることだろう。○の心境を思うと、とてもやりきれない気持ちになるが、それは自分も同じだ。「な-んか」「マフィアらしくね-、か?」「うおっ小僧!オマエほんとに神出鬼没だな」「油断してっからだ。そういうのが命取りになるんだぞ」「分ってるって」そう言って笑ってみせたけど、相手はツナの家庭教師で最強のヒットマンだ。流石に、ごまかせなかったらしい。ずとまえから、なんとなく、そんな気がしていた。


「 山本が言いたいことは良く分かるぞ 」
「 なんだよ、助けてくれるのか? 」
「 どうだろうな。すべてはボンゴレのボスであるあいつ次第だ 」
「 けどさ、あいつがどういう性格か、お前がいちばん良く分かってんじゃね-のか? 」
「 …まあな。あいつなら、縁談を選ぶだろうな。けど 」
「 けど? 」
「 それじゃあ修行のときの誓いはどうなる?ボンゴレの歴史を、マフィアの掟を打ち砕くと言ったあいつの誓いは? 」
「 小僧…お前、 」
「 俺はあいつの言った誓いに賭けたいのかもしれね-な…お前もだろ?山本 」
「 まあな。どちらに転んでも、俺は○のそばにいる。そばにいて、あいつを守る 」
「 まあすきにしろ。あとな…盗み聞きは感心しね-ぞ、○ 」

「えっ」俺は驚いて、気配のするほうを振り返った。しばらくすると徐に屋上の扉が開かれて、小僧に名前を呼ばれた張本人が、瞳にうっすらと涙をにじませて、たたずんでいた。俺はたまらなくなって、○のそばに駈け寄った。「ごめん…ごめんなさい、山本くん…リボ-ンくん…そんなつもりはなかったの…踊り場のところでツナと話してたら…リボ-ンくんが屋上に行くところが見えたから…」「気になって来てみたのか…」「ごめんなさい…わたし、自分のことしか考えてなかった…!」「頼むから、そんな顔をするな。それに○は、ちゃんとみんなのこと考えてくれてる」「うそ…うそよ、そんなこと…!わたしはただ、ツナが京子ちゃんとも…婚約者の子ともいっしょになるのが嫌で…嫌で、」「○…」「山本くんの気持ちなんて…ぜんぜん、」「○…もういいんだ」「山本君…?」とうとう、こらえていた涙があふれ出して、○は声に詰まってしまった。ほんとうはずっと、ひとりきりで闘っていたんだろうな。だけどやっぱり心細くて、悲しくて、苦しくて。俺は我慢ならなくなって、○を思い切り抱きしめた。


「 や、山本君…?だめだよ!ツナがみてるかもしれないのに… 」
「 だから、なおさら離れるわけにはいかね-んだよ 」
「 …っ 」
「 ○が俺に見向きもしなくても、俺の心はずっと○を思ってる 」
「 山本、く 」
「 だから…もう泣くな。○にはいつも、笑顔でいてほしいんだ 」


笑う。○を安心させるために、笑う。ひょっとしたらいまの笑顔はひきつっているかもしれないけど、そんなことは問題じゃない。大事なことは、これから○が笑ってくれるかどうか、それだけだ。「ありがとう…」「え?」「山本君がほんとうの気持ち、教えてくれたから…わたしもまた、がんばれるよ」「無理は、するなよ」「うん」「つらくなったら、俺がいるから」「…うん。ほんとうにどうしようもなくなったら、山本君の言葉に甘えるよ」「○…」「後悔しないように、がんばってくるね…ふふっ」「どうしたんだ?突然?」「なんだか、野球みたいだね」「ああ…そうだな。ホ-ムラン、かまして来い」ぽんぽんと、○の頭を撫でる。「最後にひとつ、俺のお願い聴いてくんない?」「うん…なに?」「○が俺のところに来るまで、俺が我慢出来るようにさ」「我慢?…ってなんの?」「キス、しても良いかな」「え、えっ!」「やっぱ、だめかな-そうだよな、ツナともまだだもんな」に、と悪戯っぽく笑ってみせる。○の顔は、おかしいくらいに真っ赤だった。やっぱり俺は、壊したいほど○のことがすきだ。しばらく躊躇いがちに俯いていた○だったけども、やがて決心したようになんの前触れもなく、お互いの唇が触れた。「ツナに、自慢してやるんだから」「お-、行って来い。必要とあれば俺もいっしょにからかってやるよ」笑って、○のちいさな背中を見送る。ドアノブをひねって、○は満面の笑みを浮かべた。いまにも雪が降り出しそうな、空を仰いだ。寒空に反して、心はとても清々しい。


Goth go go Real dreams