は、俺が通っている高校のクラスメイトだ。勉強もまあまあ出来るみたいだし、席も近いし委員長だし、だからいろいろ世話を焼いてくれるんだけども、申し訳なく思う反面嬉しくもあった。学校じゃあ俺はただの<人気者>でしかなくて、それでいて親身になってくれるわけでもなかったから ――――― うん、とにかく彼女がいろいろしてくれることに対して、迷惑だなんて感じたことはなかった。むしろ彼女は誰よりも心の優しい女の子で、気も利いて笑顔も可愛い。こんな子が野球部のマネジだったら、なんて思う男子も少なくないわけで、そんな子に勉強を教えてもらったり日直の仕事をしてもらったりするのは、すごくありがたかった。そうしているうちに、いつしか必要以上の会話も交わすようになって、お互い名前で呼び合うまでになって、しまった。俺にとってはすごく嬉しいことではあるんだけども、この場合そうなってしまった、と表現するほうが適切だろうと思う。日直の仕事をしていたをみつけて、ついでにきょうの分の授業ノ−トをみせてもらうために、俺は放課後こっそり教室にやって来た。 「 山本君!きょうは学校、来れたんだ 」 「 ああまあな…ちょっと時間が出来たから ―――― いつも悪いな、 」 「 ううん、そんなことないよ。だってあたしに出来ることなんて、きっとこれくらいだもの 」 「 んなことね−よ。は勉強も出来るし、先生やクラスのみんなからの信頼も厚いし 」 「 それだけだよ。勉強がひとよりちょっと出来るだけ。それを言うなら、山本くんもでしょ? 」 「 どういうことだ? 」 「 ふふっ。山本くんだって、みんなの人気者じゃない ―――― そういうことだよ 」 「 ああ… でも、あいつらはなにも分かっちゃいない 」 「 でも… ひとりぼっちよりは、ぜんぜん良いよ 」 「 …?お前、何かあったのか? 」 「 あっ、ううん!ごめんね、しんみりしちゃって!なんでもないの、ほんとに 」 そう言ってはぶんぶん、と両手を振って否定したけど、俺には何かあったとしか思えなかった。は確かに笑っていたけど、自分たちのだいすきな ―――― あの穏やかな笑顔とは裏腹の、どこか寂しそうな笑顔だったから。「力になれることがあったら、なんでも言ってくれよな」「山本、くん?」「にはすげ−助けられてるし…お返しがしたいんだ」「山本君…良いのに、そんなこと」「良くね−よ。なんつ−かその…」「ん?なあに?」「の…いまみたいな笑顔は…見たくね−んだ」「山本君…ありがとう。山本君こそ、そんな寂しそうな顔しないで?山本くんには、笑顔がいちばんだよ!」「ハハッ…な−んか、逆に俺のほうが励まされちまったな!」「ふふっ、そんなことないよ。山本君にあんなふうに言ってもらえて、すごく嬉しかった」くすくすと、嬉しそうに笑う。花が風にゆれるような、木漏れ日が優しく降り注ぐような笑顔に、素直に嬉しくなる。守りたいと、思う ―――― なのに。なのに。 「 山本、く…?どうしたの…血まみれで、 」 「 逃げろ、 」 「 だ、だめだよ!山本君置いて行けないよ! 」 「 俺は…大丈夫だ、仲間が助けに来てくれる。だから…逃げろ 」 また別の日 ―――― は部活帰りらしかった。自分のファミリ−が狙われていると聞いて、が危ないと仲間に言われた。だから駆けつけたんだけども、どうやらギリギリセ−フだったようだ。「あたしの家、すぐそこだから…行こう!すこしは時間稼げるかも…!」「悪いに決まってんだろ。良いから行けって」「でもでも!山本君の怪我がすこしは良くなったら…また守りたいものを守れるでしょう」「…お前、」「行こう!」ぐいぐいと、血まみれの俺を容赦なく自分の家に押し込む。強引なところは相変わらずだなあと内心で笑った反面、これはまずいことになったと冷や汗を流した。は、俺たちマフィアとはなんら関係ない一般人だ。やつらはたぶん、彼女が俺の関係者であることを知らずに襲撃した。やつらには情報がない ―――― だからしらみつぶしに、無差別に周囲の人間を襲っているのだろうと小僧に聴いていたとおり、その手口は残忍なものだった。手当してくれているを申し訳なく思いながら、の言うとおり彼女がまた襲撃されたときに備えて、匿われることにした。 「 ―――― 理由、聞かないんだな 」 「 え? 」 「 襲われた理由。あいつらが何者なのかとか、俺がなにしてんのかとか 」 「 世の中には理由の知れないことが沢山、あるんだもの。 そのひとつひとつを知ろうとするほど、あたしは貪欲じゃないし…それに 」 「 …それに? 」 「 山本君がどんなことしてても、山本君は山本君だもの。 …違う? 」 「 ハハッ… 肝が据わってんのな… けど、きょうみつかったのがで良かった 」 「 ふふ、どういたしまして。お返しの代償があまりにも大きすぎたみたいで…なんだかちょっと、申し訳ないんだけどね 」 「 がんな顔することね−よ。全部、俺たちが原因なんだから 」 「 山本君?そんな顔しないで 」 「 ハハッ… 俺には笑顔がいちばんだって言いたいんだろ?だって、なんか泣きそうな顔してんじゃん 」 「そんな…こと、」ない、と言おうとしていたんだろう。だけども震える声が、ひきつっている笑顔が、大丈夫じゃないと言うことを証明するには十分すぎるくらいの気持ちを伝えていた。だけどもとうとうこらえきれなくなったらしい、俯いて泣きだしてしまった。「怖かった…」「…うん」「怖かったよ−」「ごめん…ごめんな、」「ふ、え、」「泣くななんて…無理だよな。ほんと、ごめん」力の入らない腕で、そっとを抱きしめた。非力ながらも、いまの自分に出来ることはそれくらいだった。「、聞こえるか」コクンと、腕の中でが頷いたのを確かに感じた。「は、俺が守る」「山本…く、」「ピンチのときは…絶対、駆けつけるから」「うん」「笑ってくれ」視線をあわせるとはもう泣きやんでいて、ぐしゃぐしゃの笑顔をみせてくれた。 「 ―――― もう、行くな 」 「 山本く、 」 「 変なとこ…いっぱいみられちまったけど 」 「 そんなこと、 」 「 これからもまた…クラスメイトとして、勉強…教えてくれよな 」 「 うん…うん…! 」 「 サンキュ。じゃあまた…学校で、な 」 ぽんぽん、との頭を撫でるようにたたく。眼は赤くなっていたけども、彼女は確かに笑っていた。「 ―――― 行って、らっしゃい。気をつけてね」「…ああ。じゃあな」出血は止まっている。起き上がると傷口はすこしばかり痛んだけれども、の笑顔をみたらそんな痛みはどこかへ飛んで行ってしまった。はなにもしらない ――――― それなのに、助けると言ってくれた。だから俺は、全力でを守らなくちゃならない。俺はぎゅっと鞘を握りしめて、の家を出た。その胸に、ひそかな誓いを立てて。 あまくてやわらかくてすぐにさよなら |