」「たけし!お仕事終わったの?」「ハハッ、まあな。ちったあ落ち着けよ」いつもの笑顔をみて、単純なあたしはつられるように彼に笑いかける。イヤホンを外して、並盛神社にいた幼馴染の山本武をみつけてぎゅっとすこし大きくなったその腕に抱きついてみた。そうしたらたけしは「やめろよ」ってちょっと恥ずかしそうに言ったけど、なにも知らないあたしは「良いじゃん。昔良くやってたでしょ−?」と笑い飛ばす。「あのなあ」「照れない照れない」「そういう問題でもね−んだけど」「じゃあ、どういう問題?」コトンとあたしが首をかしげると、たけしはすこしまえまでの笑顔とは裏腹になぜかバツの悪そうな顔をした。ますます、わけが分からない。


「 ね−ね−たけし 」
「 ん、なんだ?。言っとくけどいまは忙しいから、 」
「 家庭教師は出来ない−でしょ?分かってるよっ。あたしだってもう大学生なんだから!そうじゃなくって! 」
「 ん?じゃあなんだよ 」
「 たけしってさ、良くここくるけどいつもなにしてんの?まさか巫女さんと…!? 」
「 そういうんじゃね−よ。だから仕事だって、バイトバイト 」
「 それずっと言ってるけどどんなバイトなの−?幼馴染のあたしにも言えないって、よっぽど危ないバイト? 」


あたしが不思議そうに首をかしげながらそう尋ねると、たけしは驚いたように眼を見開いてぼそっと「…ある意味」とだけ言ってあたしのまえを歩き始めた。たけしは昔からそうだ。顔をみられたくなくなると、あたしのまえを歩こうとする。それに気付かないほどあたしも馬鹿じゃなくて、だけど幼馴染だからたけしの全部を知っていて当然って言うふうにも思わない。あたしはただたけしがすきで、ずっといっしょにいたいだけだ。ちなみにあたしの言うすきは、ラブじゃなくてライク。うん、家族としてのライク。うん…うん?


「 ? ―――― おまえさっきから様子がおかしいけどなんかあったのか? 」
「 失礼な!あたしはおかしくないですよ!たけしこそちゃんと大学の野球部には行ってんの? 」
「 ハハッ、当たり前だろ?オレが野球しないなんて、考えられるか? 」
「 ううん!ないっ 」
「 だろ?ていうか即答早いな−流石幼馴染 」
「 でしょ−?それよりさ、バイトも良いけどたけし彼女つくんないの?周りは結構いんじゃん 」
「 あ−な。卒業も間近だしいまのうちにってことなんじゃね?でも俺らには必要ないし 」
「 俺らには必要ない…って、どういう意味? 」


たけしの身動きが静止して、眼をぱちくりさせている。その様子をなんとなくみていたあたしは、ただただ首をかしげるばかりだ。「お前、それ本気で言ってんの?」「本気って?ほんとうに分かんないのかってこと?」そういう意味だろうと思ってそんなふうに聞き返すと、たけしは大まじめに大きく頷いた。「う−ん…うん」「はあ…、お前ってほんと相変わらずなのな」「なになに?どういうこと?分かんないよたけし−」「こればっかりは教えられね−な。が自分で気づいてくんね−と、正直オレいまかなりショックだ」「ええ、たけしがショック?」「そ、オレがショック」そういうとたけしはに、といつもみたいに笑っていたけど、その笑顔に元気がないことは誰がどうみても明らかだった。ひょっとしなくても、あたしがたけしをそんな笑顔にさせてしまったのだろうか。そうなのだとしたら ――――― たけしを、傷つけてしまったのだとしたら、あたしは謝らなくちゃいけない。大切な大切な、幼馴染に。


「 ――――― ごめん、たけし 」
「 ん?なんでが謝るんだ? 」
「 あたし…きっとたけしを傷つけた 」
「 …お前がそんな顔することね−のに 」
「 だって…だって。たけしがあんな顔することなんてあんまりないのに…あたしの所為だ…っ 」
「 …っ。だったら、さ… 」
「 ん、…なに? 」
「 は…俺と幼馴染やめる気、あるか 」


「え…」言われて、ドクンッと大きく心臓が脈打った。幼馴染をやめる? ――――― それはつまり、いままでの関係を全部<なかったこと>にして赤の他人になる、ということなんだろうか。そんなの、耐えられない。「たけし…?それって、縁を切るってこと?」「ハハッ、違う違う。こういうことだよ」たけしはそういうとあの太陽にも負けないくらいの笑みを浮かべて、ふわっとあたしの視界を塞いだ。視界だけじゃなくて、身動きも、唇も、なにもかも。このときあたしははじめてたけしが<オトコノヒト>なんだって、認識した。いや、認識させられた。「んんっ」すこしばかり息苦しくなって呻いたら、たけしはやっとあたしを自由にしてくれた。そして、さっきとはぜんぜん比べ物にならないくらい真剣な面持ちで、まっすぐにあたしを見据えた。それだけであたしの心臓はもう、どうにかなってしまいそうだった。うそだ、うそだ。だってたけしがいままでずっと、あたしのことをそんなふうにみていただなんて。そうならあたしは、とんでもない大馬鹿だ。いちばん傷つけたくないって思っていた幼馴染を、いままで傷つけていたことになる。無意識な優しさのなかにも、きっとそういう事実はあっただろう。そしてあたしはきっとこのあとも、たけしを苦しめることになるのかもしれない。そんなことはもう、耐えられない。


「 ―――― たけし…ごめん。ごめん…、ごめん… 」
「 …?泣いてん、のか? 」
「 ごめんなさい…ごめんなさい…!あたし、ずっとたけしを傷つけてた…っ、ごめんなさい…! 」
「 ハハッ…まいったなあ… 」


たけしの笑顔に、だんだんだんだん、明るさがなくなっていく。もう、みていられなかった。そう言えばあたしは、たけしの笑った顔しかしらない。悲しいくせに笑ってばかりで、悔しいくせに笑ってばかりで、あたしはそれが意地らしくてじれったくて、「泣けばいいじゃない!」って怒鳴ってきたけど、ひょっとしたらたけしはあのころからあたしのことをそんなふうにみていたから、あたしのまえじゃあ泣けなかったのかもしれない。ああ ―――― あたしは馬鹿だ、大馬鹿だ。こんな人間に、たけしの恋人になるような資格はあるのかな。たけしのことをすきなひとは、うんとたくさんいる。あたしは十分、たけしといっしょの時間をすごしてきたじゃないか。もう、充分じゃないか ―――― これを機会に手放しても良いのに、どうしてだろう。胸が苦しい ―――― 。


「 ごめん…ごめんなさい…!沢山…沢山傷つけたのに…あたし、まだたけしと離れたくない…手放したくないよ… 」
「 …オレだって、こんな理由でと離れ離れになんかなりたくね−よ 」
「 たけし…っごめんね…っ 」
「 、頼むからもう謝るな。謝るのは俺のほうだ 」
「 え… 」
「 悪い…を泣かせたよな。を苦しめたよな…悪い、忘れてくれ 」


ふわっと抱きしめて、たけしは悲しそうに笑った。―――― 馬鹿。馬鹿。どうしてそんなに無理するのよ。意地になるのよ。泣いてよ。泣けばいいじゃない。「たけしの、ばかあ」「?」「なに、あきらめてんのよぉばかあっ」「馬鹿言いすぎだろ」「だってたけし馬鹿だもん。あほだもん。悲しいのに笑うことないじゃない!悲しいなら泣いてよ!だからあたしたち幼馴染なんじゃないっ!もう、幼馴染じゃなくなっちゃったけど…っ」「…え」憤慨を露わにしながらも涙を拭いているあたしを、茫然とみていたたけしが間抜けな声を出した。「でも泣いてよっ。あたしはきょうたけしをすきになっちゃったんだからっ…、責任とってよ!」「…違うだろ」「え、」「あいしてるよ」「っ…馬鹿…っ」「…ああ」「馬鹿たけし」「ああ。だからさ、もう幼馴染って…言うなよ」「当り前でしょ馬鹿っ」「おお、もとに戻った」「もう知らない!帰るっ」「あ…待てよ、」「なによっ」手首を掴まれて、今度は唇に優しくおなじそれが触れた。「ファ−ストキス」「馬鹿っ」「はいはい」そっと、自分の唇に手を触れてみる。馬鹿みたいだけど、なんだかまだ温かいような気がした。きっとあの瞬間、あたしは魔法にかかった。永遠に解けることのない、恋の魔法に。



解けない魔法で解けない
( Dear Garnet 様。楽しみながら書かせていただきました!ありがとうございました! )