日、


グラウンドから、部活生徒の元気な声があちこちから聞こえる。あれからしばらく、さんには会っていない。元気にしているだろうか、と胸の片隅で心配してみる。いつもならすでに下校している時間だけども、校則違反が雲雀サンに見つかってしまい、罰則として風紀委員の仕事を手伝わされ、挙句には一時間以上にも及ぶ説教を受けていたら、こんな時間になってしまった。時刻は、もうすぐ午後五時になろうとしている。「タイミングが悪すぎるんだよなあ…」ぽつりと、愚痴ってみる。そもそもの問題はそこではないと分かっているけれども、そう言わずにはいられないのだからそればかりは自分ではどうしようもない。


「 はあ…あれっ?、さん? 」


下校途中、見覚えのある背中を見つけて、オレは高鳴る胸を押さえつつタタタ、と彼女の背中に駈け寄った。トン、と軽く肩をたたいて「さん?」「えっ?あ…ツナくん」「ど、どうしたんですか?元気…ないですね」振り返ってほほ笑んださんは確かに笑っていたけど、どこか元気がなかった。それは誰が見ても明白だと思うのに、彼女は気付かれていないと主張するように「そんなことないよ!ツナくんの気の所為なんじゃない?」と言って明るくふるまうのだ。オレはそんなさんの笑顔を見ていられなくて、えっと、と言葉を濁らせた。


「 あのっ!良かったらいっしょに帰りませんか? 」
「 え?でもツナくんの家… 」
「 だいじょうぶです!どうせ遅いんだし、送ります 」
「 ふふ、ありがとうツナくん。やっぱり優しいね 」


今度こそ、いつもの笑みに戻ったことを見届けて、オレはほっと心の底から安堵した。高鳴る心臓は相変わらずうるさいままだけど、しゃべれないほどじゃない。もし彼女が何かに疲れて元気がないのなら、少しでも元気づけてあげたい。「久しぶりですね、さん」「そうだね。わたしは試験だったり委員会だったりで忙しかったんだけど…ツナ君はどうだった?」「オレは相変わらずダメでしたよー、きょうだって雲雀さんに怒られたばかりだし」そう言って苦笑すると、さんは「ツナ君はダメじゃないよ?」「え…?」「ツナ君には良いところがたくさん、たくさんあるんだから。それは誰にだって言えることだけど…ツナ君にしかないものだってあるんだよ?」そう言って、ちょっと寂しそうに笑った。どうしてだろう、嬉しいはずなのにぎゅって胸が締め付けられる。


「 あの…さんが元気がなかったのって… 」
「 ん?ああ違うよ違うよ、ごめんね心配かけて。
  大したことじゃないの!うんほんとにっ!だから、そんな顔しなくて良いよ 」
「 はあ… 」
「 ツナ君も、元気出して! 」
「 お、オレですか? 」
「 うん。だってなんだか、元気がなさそうな顔してる 」


「それは、あなたがそんな顔をしていたからですよ」とは言えないまま、オレは「そんなんじゃないです」と言ってまた苦笑した。「あの…」「あっ着いちゃった!じゃあまたね、ツナ君!きょうはありがとう」「え?あ…ほんとうだ」さんが指さすほうを見てみると、そこには確かにと言う表札があってオレは少し肩を落とした。次に会えるのは、いつになるだろう?そんなことを考えながら、さんの背中を見送る。オレも帰ろう、と後ろを振り返ると、突然足蹴りを食らった。この感覚は ――――― 間違いない、リボーンだ。


「 いってーっ!なにすんだよリボーン! 」
「 あんまり遅いもんだから俺が迎えに来てやったんだろうが 」
「 なんか…あんまり嬉しくないな… 」
「 素直に喜べ。それよりここがの家か? 」
「 え?ああうん、そうだよ。それがどうかした? 」
「 実はオレ、まだ現物を見たことねーんだよ。寄ってくか 」
「 ええええええ!な、なに言ってんの!?ダメに決まってんじゃんっ 」
「 馬鹿言うな、お前いっしょに帰ってたじゃねえか 」


「見てたのー!?じゃあ彼女のことも見てんじゃんっ」方向転換をしながらそう叫ぶと、リボーンはおもしろくなさそうに軽く舌打ちをして「ちっ、しょうがねー帰るぞダメツナ」「ほんっとお前って勝手だな!」「ちったー静かにしろよダメツナ」言いたい放題のリボーンに、ひとつひとつ返答するのも面倒だと思ったオレはとりあえず黙ってリボーンのあとをついて歩くことにした。家が目前に迫ったころ、オレはやっと口を開いて「なあリボーン」と、前を歩く家庭教師の名前を呼んだ。「あ?なんだよツナ」「あんな人気ある子でも、元気なくすことってあるのかなあ…」「逆だ、逆」「は?」「ほんっとお前は鈍い奴だな。人気があるってことはつまり、常に人に囲まれてるってことだろうが」「ああうん…山本みたいにね。で?」「で、っておまえなあ」終いにはため息まで吐かれる始末。なんとも言えない気持ちでいると、リボーンは徐に口を開いて、言った。


「 おまえだったらどうだ?疲れねーか? 」
「 え?あー…うん、疲れるかも…じゃあさんは… 」
「 生徒会長もしてんだ、そりゃあ疲れるだろうよ 」
「 オレに何かできることないかなー 」
「 それは自分で考えろ。…おまえ、 」
「 え?なんだよリボーン? 」
「 なんでもねー。ほらついたぞ、ままんも心配してんだろ 」


「うん…」「ただいまー」夕日を振り返るオレをよそに、元気に家の中に入るリボーン。あの寂しそうなさんの笑顔を思い出すたびに、胸が締め付けられるようで苦しい。彼女のために何か出来ることはないか模索する最中、オレはリボーンの言葉を何度か反復させながら、そっと深呼吸をした。オレがこの気持ちの正体に気付くのは、まだまだだいぶあとになってからだった。


夕暮れの影を重ねて