「 フラン、フラン! 」 「 … なんですか−・センパ−イ。僕これから出撃なんですけど− 」 「 もうっ!だから呼びとめたんでしょっフランのばか 」 「 見えない聞こえない見えない聞こえない 」 「 わざとらしく耳ふさいだりしゃって!眼までつむっちゃったりして! それがセンパイに対する態度−?ずいぶんなごあいさつだねえ、フラン! 」 「 むうっ、こんなときだけ変なセンパイ風吹かせないでくださいよ−何の用ですか−? 」 ベルフェゴ−ルの後ろにくっついて歩いていたフランのお世話係(と言う名の修行相手兼雑用係)、・はフランの相変わらずの態度にため息交じりに彼を見やった。緊急事態における出撃で気が立っているのは分かるが、少しばかりの余裕も必要だと思って声をかけたのに、なんだかしおれてしまったような気分だ。・が少しだけしょんぼりしたような表情をしてみせると、フランはちょっぴりバツの悪そうな顔をして「少しなら時間、大丈夫ですけど−」と言ってわざとらしく欠伸なんかをして見せた。ほんとうに、見た目に反して可愛くない性格をしている、とは常々思う。 「 これと言って用はないんだけど… 」 「 じゃ行きます、さよ−なら− 」 「 ま!待って待って!ごめんごめん、フラン!これ、良かったら使って? 」 「 …ヘルリング?あんたどこにそんな物騒なリングを隠し持ってたんですか− 」 「 …これもあげようと思ったんだけどやっぱやめる− 」 「 なにさりげなく嫌味言ってんすか。もらうに決まってんでしょ−? この時代リングとボックスの多さが勝敗を左右するって言っても過言じゃないんですから− 」 「 ほんっとに素直じゃないよね、フランは。見た目はこんなに可愛いのに… 」 「 センパイ、喧嘩なら喜んで買いますよ−? 」 「 良いけどあんた、戦うまえにHP消耗したくないでしょ−に 」 「 センパイ、僕がそういうの分かんない人間だったらどうしてました−? 」 「 ばかね、分かるから言ってるに決まってるじゃない 」 皮肉を言いながらも、リングとボックスをひとつずつ、フランに手渡す。しばらく視線を泳がせていたらしいフランが、不意に「…まあ、お守りってことで大事に使いますよ−センパイ」なんてことを言いだしたものだから、は思わず眼をぱちくりさせた。「フラン…?」「スンマセン、初陣なもんで不安がよぎったのかもしれませんね−」「またまた−、そんなふうには見えないよ−?フラン」トントンと肩をたたきながらハッチまでの道のりを歩く。隣に並んでいるフランの横顔をちらりと見る限り、ほんとうにそんな印象は受けない。だが、開いたり閉じたりしている手のひらがほんの少し震えていることに、は気付いた。 「 …ごめん 」 「 なんですか−?いきなり 」 「 なんでもない。ごめんねって言いたかったの 」 「 変なセンパイだなあ 」 「 それ以上に変な見た目のフラン君には言われたくありませんよ− 」 「 … 」 「 ああもう分かったってば!そんな怖い顔しないでよっ、あとで後悔するのあたしなんだからね 」 「 はい−?どういうことですか−? 」 「 なっ、なんでもないっ! 」 そう言って、そっとフランの震えていた手のひらを握りしめる。ビクッと、驚いた様子のフランの表情が視界に飛び込んで来て、は思わず噴き出してしまいそうになった。「笑いすぎですよ−センパ−イ」「ふふふっ、ごめんごめんフラン!ほんとうになんでもないんだってば」「そうなら良いんですけど−、センパイちょっと危なっかしいところがありますんで−」心配していた、とでも言いたいのだろうか、彼は。そんなふうに思ったら、とくんと胸が高鳴った。何かが、変だ。いままでずっとフランといっしょにいたのに、そのなかでいまみたいな高ぶる気持ちは一度も経験したことはなかった。それなのにいま、この手を離してしまったらもう二度と触れ合うことは出来ないんじゃないかなんて不安に駆られている自分がいる。 「 センパイこそ、変な顔してますよ−?顔色も良くないみたいですし、休んだらどうです−? 」 「 平気よ、これくらいでヴァリア−の人間が倒れられるわけないもの!アジトのことはわたしに任せてっ 」 「 ほんとうですか−?ほんとうにしっかりしてくださいよ−? でないと僕、本気でベル先輩に八つ当たりするかもしれませんし− いやっ冗談ですよベル先輩− 」 「 本人がすぐそばにいるのにそんなこと言うなんて…フランも勇敢だねえ… 」 「 冗談に決まってるじゃないですか−。うわっだから冗談だって言ってるのにやめてくださいベルセンパ−イ 」 がこっそりとフランの背中を見てみると、彼の背中にナイフが数本突き刺さっている様子がうかがえる。以前ふたりの喧嘩に出くわしたときそれほど痛くないとフランに聞いたことがあったが、見ているほうは見ているだけでそれはもう十分に痛々しい。ハッチが近くなり、スクア−ロやベルフェゴ−ル、ヴァリア−の仲間たちが次々と光の中に消えていく。この光景を見るのははじめてというわけではないのに、いまだに慣れない。それだけならまだしも、今回はずっと付き添って来た後輩、フランまでもを送り出さなければならない。 「 ふら、 」 「 ね−、センパイ− 」 「 え?な…なに? 」 「 帰って来たら聞いてほしい話があるんですけど−聞いてくれますよね−? 」 「 なあに?いま済む話ならいま話してくれたほうが… 」 「 んん−、個人的に帰還後のほうが良いんです−。ダメですか−? 」 可愛らしくも年相応に首を傾げられると、ノ−と言えなくなってしまうのだから、不思議だ。いま思い返してみればはじめてではないそれに、違和感を感じる。「ダメ、って言っても…話してくれないでしょ?フランは−」「分かってるじゃないですか−そのとおりです−。まあこれはそれまでの埋め合わせってことで」フランはそういうと、の額にそっと触れるだけのキスをした。思いがけなく優しいそれに、はもう何も言えなくなってしまった。人間の身体って、そんなに極寒でなくても固まることってあるんだと冷静に分析してみる反面、いまのフランの行動が理解できなくてひどく動揺している自分もいる。 「 それじゃ−センパイ、ココのことは頼みますよ−。 あとさっきのことならそんなに難しく考えなくても帰還後に分かりますから− 」 「フ…フランッ」の呼びとめも空しくフランの姿もまた、ほかのみんなと同じように光の中に溶けていった。「フラン…みんな…どうか、無事で…」は閉じられていくハッチの中から、そっと呟いた。そしてギュッと閉じていた瞼を開いて、歩き始める。みんなと同じように、日常と言う名の戦地へ。 オレオルの花園 |