火 曜 日、 キーンコーンカーンコーン。昼休みのチャイムが鳴り、頬杖をつきながらなんとなく授業を聞いていたオレ ――― 沢田綱吉は、昨晩のリボーンの台詞を思い出して、またため息を吐いた。あれはちょうど、いまから12時間以上まえのことだ。本を読んでいたらしいリボーンが不意に顔をあげて「で?どうだったんだ、進展のほうは」なんて言い出したことがきっかけだった。「え?ああ…うん、まあなんとかあいさつは出来たよ」「へー、なかなかやるじゃねえかダメツナにしては」いつも思うけど、リボーンて最後のひと言が余計なんだよな、と言ってやりたかったが、足蹴りされることは分かり切っていたから苦笑いするに落ち着かせた。 「よーし、じゃあ次のステップだな」 「つ、次って?まさか高跳びしないよな??」 「心配すんな! そのタオルをに返すのが今回の目標だ!な?簡単だろ」 「な?って…。 実際やるのはオレなんだけど…ていうかやるって言われたんだけど」 「うるせーダメツナ。こういうのはなあ、やるって言われても返すのが紳士ってもんだ」 「出たーリボーンの紳士指導!オレ英国人じゃねえし!」 「…」無言のまま、懐に手を入れるリボーンに、オレは「ああもう分かったよリボーン様!やりますやりますー!」と降参を示した。何かが、変だ。タオルを返すという目標はまあ良いとしても、これはオレがを好きとかそういう趣旨がなくなってきているような気がする。とてつもなくそんな気がする。こんなんじゃあ、オレがどうっていうよりなんの関係もないがかわいそうだ。リボーンの言うとおりぱぱっとタオルを返して、さっさと身を引こう。そのほうが自分にとっても、彼女にとっても得策だ。うん、絶対そうだ。それが良いって頭の中では分かっているのに、心の奥のほうではこのままとの関係を終わらせたくないなんて思っている自分がいることに、衝撃を受けた。違う違う!相手は年上だぞ、何考えているんだオレは! 「 ――― ぼうっとしてんじゃねーダメツナ」 「いってーっ!ギブギブ!おまえこのごろひどいぞ!なんなんだいったい」 「…別に、なんでもねえ。分かったらさっさと寝てあしたに備えろダメツナ」 「なんなんだよまったく…」 愚痴をこぼしながらも、ベッドにこもり消灯する。布団にもぐって思い出されるのは、きのうタオルを差し出してくれたときの、の笑顔だ。…ってなんなんだこれ。傍から見たら変態そのものじゃないか。京子ちゃんのときはそりゃあドキドキはするけど、いまみたいな気持ちを感じたことはなかった。京子ちゃんはなんていうか ――― うん、笑顔を見られるだけで嬉しいっていうか、十分っていうか。それ以上を望まないし、それ以下も望まない。それって、好きって気持ちはあるけど「家族愛」みたいなものなんじゃないだろうか?それならそのままのほうが、告白をしたときお互いに傷つかなくて良いんじゃないだろうか?そんなことを考えていたら、いつの間にか空は白み始めていて、オレはもう眠ることに専念しようと心に決めた。 「ふあ…結局ほとんど眠れなかった…」 「おはようございます10代目!…眠そうですね」 「あっ獄寺君おはよう。 はは、ちょっと考え事してたらね…獄寺君はきょうも元気だね」 「10代目が考え事で夜更かし…?」 「大したことじゃないんだよ、うん。それより山本は?見ないね」 「ああ、野球部の朝練ッス!まあオレには微塵も関係ないっすけどね」 「はは…、相変わらずなんだね…」 よりによってこのひとに逢うなんて。微妙な面持ちでいると、ロードワーク中だったらしい京子ちゃんのお兄さんに出会った。「お兄さん!」「ん?おお、沢田!それに獄寺も!早起きで感心だな!」「お兄さんには負けますよ。おはようございます」「相変わらず元気だなあ」ボクシング部はみんなそうだと思うよ、とオレは胸中でツッコみ、かばんの中に入っているに返す予定のタオルのことを思い出し、そうだ!と妙案を思い付いた。 「お兄さん!三年生のさんってご存知ですよね?」 「おお!極限に知っているぞ!生徒会長だからな!どうした?」 「う−ん…やっぱいいです、クラスとかは?」 「ああもちろん知っている。三年三組だ、何か用事か?」 「いえなんでもないんです、ありがとうございますお兄さん」 そばに獄寺君がいたこともあって、オレの「お兄さんにお願いする」と言う浅はかな妙案はすぐにも崩れ去ってしまった。「まあクラスを聞き出せただけでも上出来かなあ…」ため息交じりに立ち上がり、タオルを持って教室を出る。いまの時間なら、きっとまだ教室にいるだろう。「ここだ、三年三組…」クラスを確かめ、そっと教室を覗き込む。そこには男女問わず生徒たちに囲まれているの姿があった。耳を澄ませていると「数学教えてー」「なあなあ、ここの訳なんだけどさ」「ねね、お昼いっしょに食べようよ!」なんていう声があちこちから聞こえる。「リボーンの言ってたことって、ほんとうだったんだ…すごい人気なんだなあ」人当たりもすごく良さそうだったし。胸中でそう付け加えて、教室に戻るため方向転換しようとすると「あっ、ねえ待って!ごめん、またあとでね?」と言うの落ち着いた声が聞こえて、オレの心臓は一気に跳ね上がった。 「沢田、くん!お昼いっしょして良いかなっ?」 「え…ええええっ?オ、オレですか?」 「うん、そう!いますぐ、さっさと!早急にっ」 すごい勢いで腕を掴まれ、勢いそのままに屋上に引っ張られてしまった(弁当持ってないのに…)。「はあ…はあ…つ、疲れた…」「び、吃驚した…」呼吸を整えながらを見下ろしていると、至近距離で彼女と目が合い、思わずオレは後ずさりをしそうになった。「ふふ、すっごい驚いた顔。ごめんね、巻き込んじゃって」はそう言ってふわりとほほ笑み、すとんとその場に腰を下ろした。「お詫びじゃないけど、ほんとにお昼いっしょに食べない?お弁当持ってくるまで、待ってるから」は笑顔を浮かべたまま、オレを見上げるようにしてそう言った。なんか…なんか、心臓がうるさい。「う…うん」オレはだらしなくそう返事をして、いつもの仲間との会話も手短に、自分の弁当を持って再び屋上にやって来た。 「待ってた、のか…?」 「うん。だって言ったでしょ?待ってるからって」 見てみると、弁当箱を広げたままぽつんと曇りがちな空を仰いでいたがいた。お弁当をつまんでいたような痕跡は見られず、ほんとうに待っていてくれたんだと思うと、心の中がじわじわと温かくなっていくのを感じた。「す、すみません…先に食べててくれても良かったのに」「うん、でも言ったことは守らないとね。お腹すいたーっいただきます!」今度こそ、ははしに手を伸ばして嬉しそうにそう言った。 「ほら!ぼうっとしてないで、沢田くんも座って食べなよ?ほんとにお昼終わっちゃうよ」 「あっ…はい…」 「あ!それともやっぱり嫌だった?」 「と、とんでもないです!むしろ嬉しいです!」 「ふふ、おもしろいんだね沢田くんって。じゃあ改めて自己紹介」 黙々と食事をしていたが、半分ほど食べ終えたところでそう言った。――――言わなくても、知っている。リボーンから聞いていたことがいちばんの理由だけど、は誰よりも優しい心を持っている、それだけで彼女を知るには十分のような気がしていたけれど、それだけじゃあやっぱりこのひとを知ったことにはならないのだろうか?それが分からないくらい、オレは浅はかなんだろうか。 「あたしは三年三組の、!恥ずかしながら生徒会長をやってますー」 「オレは二年四組の沢田綱吉…みんなからはツナって呼ばれて、ます…」 「へえー、ツナくんか!可愛いなあ〜。 じゃあわたしもツナくんて呼んでも良い?あたしのこともって呼んで良いから」 「えっ!えっ?」 「あっ、やっぱダメかな?初対面だしずうずうしすぎるよね…」 しょんぼりと肩を落とすを見ていられなくて、オレは思わず「そ、そんなことないです!オレもさんって呼びます!」と声を張り上げていた。屋上が無人で良かった、とこのとき心底そう思った。誰かほかの生徒がいたら間違いなく振り向かれていただろうし、下級生だったらなおさら騒がれていたかもしれない。不幸中の幸いって、ある意味このことを言うんじゃないかって本気で思ったりもした。を見てみると彼女はやっぱり驚いた顔をしていたけれども、やがてあのときと同じように優しい笑みを浮かべて「ありがとう。あっ予鈴が鳴っちゃった!きょうはほんとごめんね、それじゃあまたねっ」そういうなりは慌ただしく弁当箱とタオルを片づけると、疾風のごとく屋上からいなくなってしまった。なんだか、ひとりでいると変な感じだ。寂しい風がひゅうと吹き抜けるような、何かが物足りないような、そんな感じだ。ひょっとしたらオレ、さんのこと ―――― ?そう思ったら、タオルを手渡したあのときに触れた手のひらが、じんわりと汗ばんでいくような気がした。 軽く手に触れてみる |