わたしはよく、近所にあるコンビニを利用する。それは別に、現代人ならごく普通のことで、何も不思議なことはない・と思っている。だけれどここ最近、行きつけのコンビニにあるちょっとした変化が起きた。わたしはいわゆる常連で、商品が変わっていたり店員さんが変わっていたりすると、あ・ってすぐに気がつく。最近気付いた変化というのは、商品が入れ替わったことはもちろんだけれど、見慣れない店員さんがレジに立っていたことに気付いたのだ。だからどうしたんだ・なんて言われそうだけれども、その店員さんというのが、わたしの通う高校の先輩 ―― 山本武先輩だったから、驚きはひとしおだった。
「400円になります ――― あれ、◎○じゃん。どうしたんだ?こんな時間に」
「や、山本先輩…こそ!ひょっとして…ここでバイト、始めたの?」
「おう!三年になったし、部活ももうすぐ引退だからなあ…大学の学費稼ぎに」
「へえ…えらいんですね-」
小銭を手渡しながら、そんなふうに話を進める。実は、山本先輩とはこれがはじめての会話・というわけではない。わたしは中学のころから野球がだいすきで、野球部のマネジをやっていた。だから業務連絡的な会話は何度もしてきたんだけれど――こんなふうに、プライベートのお話をするのは今回がはじめてだ。あ――いま、手が触れた・なんて思いながら自分の手を見つめていると、不意にんなことねえよ、て話していた山本先輩が「―――なあ、◎」とほんのちょっと生真面目そうな顔をして、わたしの名前を呼んだ。そのせいかはわからないけれど、わたしの心臓はひとつ大きく脈打った。
「は!はいっなんですか山本先輩っ」
「お前、声がでかいのな。 …◎ってここの常連なんだって?」
「へっ?…うん、まあ近所だし。ほかのコンビニ遠くて…てそれがどうしたんですか?」
「そっか、んなら良かった。俺、だいたい毎週この時間にいるから、ヒマだったら来いよ」
山本先輩はそう言って、ニカッと笑った。その笑顔はいつもみんなにふりまいているようなものとはなんだかちょっと違うように思えて、わたしの心臓はまた騒がしくなった。「分かり、ました…」高鳴る鼓動を抑えながら、わたしはやっと商品を受け取って、もう一度山本先輩を見上げた。「気をつけて帰れよ」山本先輩はそう言って、わたしの背中を見送ってくれていた。その日から、なんとなく練習中の山本先輩に目を向けるようになった。そうしたら山本先輩は、ちょっと驚いたように目を見開いて、だけれどにぱ、と嬉しそうに笑みを返してくれた。
「よお、来てくれたんだな◎」
「…来いって言ったの、山本先輩ですよ??」
「ははっ、そうだったな!つかさ、◎」
わたしが「はい?」て言いながらお金を手渡していると、不意にぎゅっと手のひらを握りしめられた。え、え、?驚いて山本先輩を見上げてみると、彼は「最近良く目が合うのな-」と悪戯っぽくそう言って、すっとわたしの手を放した。防犯カメラの存在を思い出したのか、ちょっとバツの悪そうな顔をすると、「ちょうどお預かりします」と言ってお金をレジに入れ、レシートを手渡す。それはもう、山本先輩とは何度めかになるやりとりなのに、毎回ドキドキしてしまう自分がうっとうしい。
「そうですか? …気のせい、とかじゃ…、」
「…そうかあ?まあ良いや、気をつけて帰れよ!じゃあまたあした、部活でな」
「? はい」首をかしげつつそう言って、そう言えばあしたは三年生最後の練習だったな・なんてことをふと思い出した。次に部活生として会えるのは、送別会のときだっけ。なんとなく振り返ってみると、やっぱりまだ見送ってくれている。わたしの気にしすぎだと良いのに、相反するように心臓が高鳴るから、落ち着かない。期待してしまう自分がまた、煩わしい。今夜はなんだか、眠れなくなるような ――― そんな気がしていた。
放たれためざめ