「(どこかで見たような光景だなあ)」 は自分の席について頬杖をつきながら、そんなふうに思った。あれはそう ――― 三年前のちょうどいまごろのはずだ。 あのときも偶然、彼とおんなじクラスになってずいぶんとにぎやかだったのを、いまでもはっきりと覚えている。 その子はとにかく格好よくて笑顔がよく似合うと評判の男の子。そう、いま言ってみればわたしは彼に一目ぼれをしてしまったのだ。彼 ――― 山本武くんに。 「−!も山本くんにあいさつしなよぉ」 「え?わたしは良いよ−、女の子ばっかじゃん」 「でもあいさつくらいはしないと」 あたしもついててあげるから・なんて言われ、はしぶしぶ重たい腰をあげた。山本くんと対面してすぐに、女の子たちの視線が集中する。 これが嫌だったんだよなあ、なんて内心でため息を吐きながら、それでも単純なわたしの心臓は落ち着くと言うことを知らない。「あの…、山本、くん」おずおずと、 山本くんを呼んでみると、彼は「ん?じゃん、どうしたんだ?そんなに改まって」といつもの笑みを浮かべながらそう言った。 「高校違うから、あいさつしておこうと思って。いままでありがとうね、高校でもがんばって」 「おおサンキュ−!もがんばれよ」 そう言った山本くんの満面の笑みに、立ちくらみを起こしそうになった。山本くんはそんなの手のひらにぽん、と自分のそれを重ねてくれた。優しい手の温度が、じわじわとの手の中に侵食していく。その手のひらの中に、何かごわついたものがあることに気づいて、は思わず顔をあげて山本を見つめた。だけれど彼は相変わらず笑顔のままで、はただただ首をかしげるばかりだった。それからは近くにいた友だちに「トイレに行って来る」とうそを言って、 ぱたぱたと廊下を駆け出した。そしてこっそり手のひらの中にある紙切れを開いてみた。そこには、見覚えのある山本くんの筆圧で書かれたメッセ−ジ。 「 あとで学校裏の桜の木のところに来てくれ…? なんなんだろう」 はまた首をかしげ、その紙切れを制服のポケットの中に押し込んだ。あの山本くんが、こんなわたしにいったいなんの用事なんだろう。 検討もつかないは、またひとつ首をかしげた。そうして卒業式も無事に終わり、は証書を母親に預けて言われたとおり学校裏の桜の木のところに急いだ。 「や、山本くん!ごめんね、待たせた?」 「いんや?より早くこられてほっとしてたところだ」 そう言って山本くんはまた、ぱあっと嬉しそうに笑った。いままでに見たことのないくらいの眩しい笑顔。それはなんだか、 自分だけが知っているような ―― わたしだけに見せてくれているような気がして、嬉しくなる。同時にまた、心臓のあたりが騒がしくなって体中が火照っていく。 心はごまかせても、やっぱり体は正直だ。わたしはやっぱり、山本くんがすきなんだな・って思ったら、ますます彼を直視出来なくなってしまった。 「あ、あの…何か、用事?」 「…なあ、知ってっか?」 「な、何を?」 「狂い咲きするこの桜の木の下で結ばれた恋人は、ずっといっしょにいられる・って言い伝え」 「あ ――― うん、聞いたことはあるよ。って…え、」 ただそれだけのことなのに、期待してしまう自分が嫌だった。とても、とても大嫌いだった。そんなはずないって思いたいのに、思いのほか山本くんの視線が真剣だから、 思わず息を飲み込んでしまう。不意に山本くんがゆっくり近づいてきて、ふわりとの体を抱きとめた。うそみたいに暖かくて、優しくて、は涙が出そうになった。「分かるだろ?」山本くんはそう言って、腕に力をこめた。不思議と、痛みは感じなかった。 「の気持ちを聞かせてほしい」 「山本、くん…? ――― わたし、わたし、は」 ふと瞳を閉じて、山本くんの鼓動に耳を傾ける。わたしとおんなじくらい ――― いや、それ以上に高鳴っている。 ああ ――― おんなじなんだ。おんなじ、だったんだ。そう思ったら嬉しくなって、ただただ涙がこぼれた。「 ――― すき、だよ」震えながら紡いだ言葉は、 だけれどしっかり彼に届いていた。「良かった……!ほんとに、良かった」山本くんはそう言って、また満面の笑みを見せてくれた。優しく、わたしの涙を拭ってくれた。 「ずっといっしょにいてくれないか」 山本くんはもう一度真剣な眼差しをに向け、もまたまっすぐに彼の視線を受け止めて頷いた。「うん ――― ずっと、いっしょにいるよ」そっと、彼の指先に触れる。桜の花びらがふわりと舞い上がった。 春を知った十五歳 |