ほんとうは、もっともっといっしょにいられる時間が欲しいって思ってしまうことがある。だけど ―― こんなのは、わがままでしかないから、言わない。
わたしはそんなに強くはなれないから、せめてそんなふうに振舞うことくらいしか出来ない。精神的にも、身体的にも、もっと強くなれたら良いのに。
そう思って自己嫌悪に陥ることも、何度も何度もあった。だけど…、だけどね。そんなふうに思うことはあっても、いっしょにいるのが嫌だって思うことは、
一度だってなかったんだよ。不思議だよね ―― きっと、それくらいあなたのことがすきなんだと思う。そんなふうに思ったら、すごく幸せな気持ちになった。
ただそれだけで、幸せだったの。それなのに ―― まさか、あんな言葉をあのひとから聴くだなんて、夢にも思ってみなかった。 「…、別れよう」 「…え?」 「もう、終わりにしよう…、俺たち、」 いつものように、夜の公園を散歩していたときのことだった。不意に立ち止まった山本君は、拳を強く握り締めてわたしのほうを振り返った。 その表情には確かに苦悩が浮かんでいて ―― だからこそ、いまの言葉が聞き間違えなんかじゃないって教えてくれていた。疑いたくなった。 わたしはただ静止して、じっと山本君のほうを見つめていた。 聞き返すことも、肯定することも出来なくて、ただじっと山本君を見ていた。 「どう…して…?」 「だって、さ…俺も、いろいろ考えたんだ。俺が…マフィアやってんの、も知ってるだろ?」 「…うん。誕生日の日に、教えてくれたよね…もちろん覚えてるよ」 「その所為で…その、約束もろくに守れなかったりするし…このまえだって巻き込んだろ?」 「あ…、」 言われて、思い出した。あれは、数日前。山本君のおじさんに、お寿司のお礼を届けに行ったとき。どうしてかおじさんは留守で、 山本君に預けておこうと思って探し回った日のことを思い出した。そのとき、黒ずくめの衣装に身にまとった、変な男性二人組みに襲われた。 幸い、駆けつけてくれた綱吉君と山本君のおかげでなんとかなったけれど ―― 攻撃は受けた。いまも、腕がひりひりと火傷みたいに痛むことがある。 わたしは山本君に気づかれないように右腕をさすった。だけれど、いまはそんな痛みよりも ―― 心のほうが、ずっとずっと、痛かった。苦しくて仕方なかった。 「あんなの、平気だよ!傷なんてすぐ治るし…、ぜんぜん気にしなくて良いから」 「んなわけにはいかねぇよ。は女の子なんだから、傷…目立ったら嫌に決まってんだろ」 「山本君…、それは…そんなふうに思ってないって言ったら…うそになるかもしれないけど…、でも!」 「それに…、にばっか寂しい思いさせられね−し、守りきれる自信もね−し…」 「山本君…」 「格好悪いよな…ごめんな、」 「う、ううん!山本君はぜんぜん、格好悪くなんかないよ!わたしの中の山本君はいつも格好良いよ! だからね…その、そんなに寂しそうな顔、しないで?わたしならぜんぜん平気だから!ね?」 「…」 「山本君は、山本君のままで良いんだよ。弱気になることなんて、ないんだよ」 言って、山本君の両手を包むようにして握り締める。―― この手を、離したくない。ずっとずっと、握っていたい。さようならなんて、嫌だよ…。 そんな思いが行動に出てしまったのか、山本君は小さな声で「いてっ」と言った。わたしはその声で我に帰って「ご、ごめんなさい!つい…!」そう謝り、手を離した。 山本君は軽く自分の手をさすりながら、弱弱しくもあの笑顔を見せてくれた。「俺、だめだな」山本君のそんな言葉が聞こえて、わたしははっとした。 「…え?」 「いっつも、に押されて負けちまう。だって、同じ気持ちなんだって分かってんのにな」 「山本君…わたし、わたしね!」 「ん?」 「傷負わされるのなんて、ぜんぜん怖くないんだよ!山本君も、みんなもいるし。 それよりもね…いまみたいに、別れようって言われることのほうがずっとずっとつらかったよ」 「…」 「わたしは、山本君がいてくれたらそれだけで良いの。だから…、ね」 不意に、体中が暖かい気がして、は思わず顔を上げた。山本君に抱きしめられているのだと遅れて気づいたわたしは、恥ずかしくなって俯いた。 「俺、いますげ−幸せかも」そんな言葉とともに、頭上からかすかな息遣いが聞こえて、わたしはなんだかくすぐったくなった。「わたしも」そう言って、 抱きしめ返す。ぎゅうって、離れないように強く、強く。わたしは平気だから ―― もうぜったい、この手を離さないでいてね。 半壊、再構成の繰り返し |