「…すごい…」
たけしに誕生日プレゼントを渡そうと思って本人のそばまで来たのは良いのだけれど、は渡す直前で敬遠してしまいたくなるほど呆気に取られてしまった。
何故って、それはもちろん近づけないからなのだけど、女子の人数が半端なかったからだ。こんな分析をしている間にも人だかりはどんどん増えていって、は軽く人酔いをしそうになって、たけしの見えない位置で壁に背を預けて、深く深呼吸をした。
「あ、じゃん。山本君にプレゼント渡しに行ったんじゃないの?」
「あ、うん。そうなんだけどさ…、近づけなくって」
「あははは、やっぱでも近づけないか−。でもそうだよね、あれだけ囲まれりゃあね」
「ん。軽くド−ナツ化現象だよ…」
「あっはっは!おもしろい!最高!」
「…あんたのツボが分かんないよ」
「まぁは良いんじゃない?幼馴染なんだからいつでも渡せるでしょ」
部活途中の友人にそう言われ、は「う−ん、そうなんだけどね」とひとしきり唸り、もう一度人だかりを眺めてみた。
野次馬は、さっきよりもかなり多くなっている気がする。というより、確実に多くなってる。たけしは男女問わず人気だから、毎年すごい騒ぎになるけど、
高校に入ってからさらにその度合いが増しているように思えてならない。はあとで渡そう、と思い直し、くるりと体の向きを変えた ―― そのときだった。
「…待てよ、」
「え…、たけし?」
「帰んの?」
「え、うん…あ!でもあとでたけしの家に寄るよ。だから女の子の相手してても大丈夫だよ?」
「あ−、おまえなぁ…そういう言い方すんなよ」
「…ごめん。可愛くなかったかも…、とにかく、女の子待たせちゃだめだよ」
「振り払って来た」
「…へ?」
「…だから。お前が気分悪そうだったから人払いしてきたって言ってんだ」
つかまれた手首が熱い。もしかして…、さっきの、見られてた?は少しまえの出来事を思い出そうと記憶を手繰り寄せてみたけれど、ぜんぜん思い出せない。
ひょっとしたら、見られていたのかもしれない。こう見えて、たけしって意外と目ざといところがあるから。は小さくため息を吐いて、
背丈の大きくなった幼馴染を見上げるようにして見つめた。たけしは「あち−な」なんて言いながら手で仰いでいる。…こっちの気持ちなんて、気づいてないみたい。
「…たけし」
「ん−?」
「…さっきはありがとね。じゃあ、またあとでね」
「あ…、おい、?部活ね−んならたまにはいっしょに帰ろうぜ」
「…どうして?」
「どうしてって…昔は良くいっしょに帰ってただろ?それに、誕生日くらいといっしょに帰りたいしさ」
「…はぁ。分かったよ」
がそう言うと、たけしは「まじ?サンキュ−」と、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。この笑顔に、いったい何人の女の子が落とされたんだろう。
想像しただけで恐ろしく思えて、はふるふると首を振った。それからお互いにかばんを持ち直して、昇降口に向かった。それにしても、たけしといっしょに帰るのもほんとうに久しぶりだ。
高校に入ってからはお互い部活が忙しかったり試験があったりして、なかなかふたりの時間も持てなかったから ―― ん?こんなこと言ってると、なんだか恋人同士みたいだ。は火照る顔をおさえながらまた顔を左右に振った。首を振りすぎて、軽くめまいを起こしそうになった。
「?大丈夫か?」
「へ?う、うん、大丈夫」
「無理すんなって。お前、そういうとこぜんぜん変わってないのな」
「そ、そういうとこって?」
「大丈夫じゃね−のにすぐ無理するとこ。こっちの気も知らね−で」
「…なによ。それはお互い様でしょ」
「…ん?」
「べ、別に!なんでもないっ」
「あ…、なぁ、。気分悪いんならそこの川原で涼んで行こうぜ」
拒むつもりだったの手を、たけしは半ば強引に引っ張って、川原までつれて来た。…涼しい。は両手を広げて、深く息を吸い込んだ。
「気持ちが良いね−」そう言って、たけしに習って彼の隣に腰掛ける。しばらくは、静かな時間が続いた。こんなふうにすごすのも、中学以来かもしれない。
中学のときは、ツナ君たちと良くいっしょにこの川原で涼んだり遊んだりしたものだ。
「懐かしいな…ここでよく、みんなで遊んだよね」
「あ−、そうだな。キャッチボ−ルとかもしたよな」
「楽しかったね…みんな元気かな」
「元気だろ。ツナとかは特にな」
「ふふ、そうだね。…そうだ!たけし、誕生日おめでと」
言って、たけしに誕生日プレゼントを手渡す。たけしは「さんきゅ」とだけ言って、お菓子の入った包みを受け取った。
どくん、どくん。さっきから、心臓が早鐘みたいに打ち続けてる。言うのなら、いまが最大のチャンスだと思うのに、うまく言葉が出てこない。
言いたい言葉は、それだけじゃないのに。はぎゅ、と胸元に手を当てるようにして、瞳を閉じた。告白するか、しないか。断られるか、そうじゃないのか。
いちかばちか、確率は半分 ―― は、迷っていた。いまだけじゃなくて、もう何年もまえからずっと、ずっと。もう幾度、この問答を繰り返しただろう。
「…あのね、たけし」
「ん?」
「わたし…、」
言葉に詰まって、何も話せない。いまなら、人魚姫の気持ちが少しだけ分かる気がした。思いを声に出せないって、すごく苦しいことだったんだね。
こんなことも、もう何度も繰り返してる。いい加減、たけしだって感づくかもしれない。いままではたけしは天然だからって軽く受け流してたけれど、もたけしも、いまは高校生で、それなりに成長している。少しずつだけれど、大人に近づいている。気づかないほうがおかしい。
「あのな、」
「え…、なに、たけし」
「俺、もっとずっとまえからほしかったもんがあるんだ。…俺って欲張りかな」
「どうしてそう思うの?」
「みんなに思ってもらえるだけで幸せもんなのに、プレゼントまでもらっちまって…。
でも、それだけじゃぜんぜん足りないんだ。何かが、欠けてる気がしてならね−んだ…なんでだろうな」
「たけし…?」
「なあ、。俺から、言っても良いかな」
「なに、を…?」
どくん。またひとつ、心臓が大きく脈打った気がした。そしてそれは、気のせいではないのかもしれない。は、ごくりと固唾を飲み込んだ。
気がついたら、たけしは真っ直ぐにを見据えていて、ちょっとまえまでのおどけた表情が消えていた。そらしたいのに、そらせない。不思議な感覚だった。
たけしは真っ直ぐを見つめたまま、自分の片手をのそれに重ねて、言った。
「俺、ずっとまえからのことがすきだったんだ」
「たけ、し」
「ずっとずっと、ほしかったんだ」
「あたし、は…。あたし、もたけしがずっとすきだった、よ…」
「…そっか。そっか!良かった…」
「たけし…?」
「、ちょいこっち向いて」
「ん…?」
涙が、溢れ出して止まらなかった。いままで溜め込んだ気持ちといっしょに、どんどん流れていった。たけしに肩を引かれるまま、は唇が温かくなるのを感じた。
たけしにキスされたのだと気づいたは、涙のにじんだ目で何度も両目を瞬いた。「なんで泣いてんだ、」聞かれて、はただ首を振った。そんなの、答えは決まってる。
「…嬉しかった、の」
「…、お前ってほんと、素直なのな…」
「たけしの天然には、負ける…よ」
「はは、結局お互い様か。ほれ、もう泣くな?」
言いながら、涙をぬぐってくれるたけしの指先を見つめながら、はその指先をとてもいとしく思えた。
これからもこんなふうに思える時間を、たくさんたくさん、つくっていきたいな。
1/2の恋