「…ちゃん?」
「はへ?…京子ちゃん?」
和風雑貨店で山本の誕生日プレゼントを探していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえ、ほんの少し胸が高鳴るのを感じながら、はそのひとの名前を呼び、振り返った。
そこには春模様のワンピ−スを身にまとった、かつての級友 ―― 笹川京子が立っていた。面影を残したままの表情に、きれいな笑みを浮かべて。
「やっぱりちゃんだ!お久しぶりだね」言いつつ、たたたと小走りに駆け寄ってくる京子を見ながら、も「京子ちゃん!久しぶり!元気?」と声をかけた。
笹川京子と会うのは、ほんとうに久しぶりだ。彼女はよくハルと会っているから、と会っていても不思議はないのに、こんな偶然もあるものだと思う。
「どうしたの?ちゃんがこのお店に来るのって珍しくない?」
「う、うん?そ、そっかな?」
「そうだよ。あたしはおにいちゃんの誕生日プレゼント買いによく来るけど…」
「そっか…お兄さん…、元気してる?」
「うん!相変わらずあっちこっち飛び回ってるよ。ボクシング熱も健在だしね」
言われて、中学時代を思い出したは、自然と笑みがこぼれるのをこらえきれなかった。…懐かしいな。あれから、まだ二年ちょっとしか経っていないのに、
もうずっと、昔の ―― まえのことのように感じる。こんなこと思うなんて、わたしも年をとったってことなんだね。そんなふうに話してみたら、京子に爆笑されてしまった。
「まだ早いよ、ちゃん−」だって。確かにそうかもしれないけれど、思っちゃったものは仕方ないじゃない。そう締めくくり、品物の数々を眺める。
「…で、ちゃんは何を探してるの?」
「…た、誕生日プレゼント」
「ふうん?だれの?」
「…彼氏、の」
「ええっ?ちゃん彼氏出来たの…っ?」
案の定、驚いた反応。京子のこういうところは、昔のままぜんぜん変わっていない。は、火照った顔を隠すように頷いて、そのまま顔を隠した。
うわあ…この感覚、すごく久しぶりかも…。不意にそんなことを思い、はハルに山本とお付き合いすることになったという報告をしたときのことを思い出した。
あのときも、どうしようもないくらい(それこそ隠しようがないくらい)顔を真っ赤にして、ハルにものすごく笑われたのをいまでも覚えている。
あのとき…確か、ハルはひとしきり笑ったあと「…でも、そうですか。良かったですね!」って言ってくれたんだ。…だから。
「そっかあ…!ちゃんもついにひとの女性になったんだあ。で、相手はどんなひと?わたしも知ってる?」
「う、うん…知ってる、ね…」
「え、聞いても良い…?」
「山本…、山本武君…、」
「へえ…!山本君かあ…うん、でもお似合いだと思うよ。良かったね」
「京子ちゃん…ありがとう。京子ちゃんは?そういうひといないの?」
ようやく火照った熱が冷めたところで、は顔を上げて京子を見据えた。京子はというと、先ほどのとおんなじように品物に目を落としている(あ、可愛いお茶碗…、)は京子の視線の先にある、ウサギの模様が入ったお茶碗を見つけ、京子の背から覗き込むようにしてそれを見下ろした。「…これにするの?」不意に京子にそう言われ、は軽く首を振って「う〜ん、可愛いなあとは思うけど…誕生日にお茶碗て変じゃない?」と言った。すると京子もおなじようにうなったけれど「でも、良いんじゃない?山本君ちすし屋だし」と、とは対照的なことを言った。…確かに、不自然さはないけれど ―― ほんとうにこんなもので良いのだろうか。
「じゃあ、これは?シンプルで良いと思うけど?」
「…お湯のみ」
「嫌?マグカップとかプレゼントしたりするでしょ?」
「う〜ん、まあそうなんだけど…。うん、でもこれでも良いかも…いかにもって感じで」
「うんうん。良かったね、誕生日に間に合いそうで」
「京子ちゃんのおかげだよ。ほんとうにありがとう、きょう京子ちゃんに会えて良かったよ」
「そんなことないよ。でも、喜んでもらえると良いね」
いつの間にか勘定を済ませていたらしい京子は不意にのそばによってそう言った。京子も、ハルも、ほんとうに素敵だな。ふたりと仲良しになれてほんとうに良かったなあ。はそんなふうに思いながら「…うん!」と言って京子が勧めてくれたお湯のみを手に、レジへと走った。うん、お湯のみ…なんか山本らしくて良いかも。
帰り道、はそう思いつつあしたに思いを馳せていた。早く、山本の喜ぶ顔が見たい。満面の笑みで「ありがとう」って言ってくれるかもしれない、彼の声を聞きたい。
自室について、は携帯のディスプレイを開いた ―― メ−ル着信が、一件。はどきどきしながらメ−ルアイコンを押した。送信者は、山本だった。どくん。心臓が、そんな音を立てて跳ね上がる。
「良かったら、あした俺んちで晩飯食わねえか?…って、えええ!山本君ち、で!?」
以前、クラスメイトとしてすし屋に食べに行ったことはあったが、恋仲になってからははじめてのお宅訪問だ。行けるなら、行きたい。ちょうど、プレゼントも渡したかったし。
ひと思案したあと、は返信画面を開き「良いの?…お言葉に甘えて、って言いたいところなんだけど…親に話してみなくちゃ。心配するかもしれないし…また返事するね」そう送った。
するとものの数分で「…だな。ついでに泊まって行けよ、親父も喜ぶだろうし」といった内容が返ってきて、はさらに驚愕した。と…、ととと、泊まりって!お泊りのことだよね…!
ど、どうしよう…!それこそ心配するかもしれない…!第一泊まりって…!は一気に火照っていく顔を押さえながら、脳内をフル稼働させて考えた。…冷静にならなくちゃ。
まずいちばん最初に思い浮かんだのはそれで、次に思い浮かんだのは「いやいやいや、だめだよ!親父さんにも迷惑かけちゃうし!」という拒否の言葉だった(…)
「あ−う−、どうしよ−…」
「、何騒いでるの?ご近所迷惑でしょ」
「…!そうだ!あのね、お母さん!」
「…なに?」
「あした、友達に泊まりに来ないかって言われてるの!…だめ、かな」
「…良いんじゃない?ついでに勉強教えてもらったら?」
「…ほ、ほんとう?」
「…まあ、たまには良いでしょう。その代わり、迷惑かけちゃだめよ」
「うん…!ありがとう、お母さん!」
は、逸る気持ちを抑えながら、再び返信画面を開いて「許可降りたよ!あした、一度家に帰ってから行くね!」そう文字を打ち込んだ。そうしたら、すぐに「OK」の二文字が返ってきた。
うわわ…嬉しいな…!はじめてのお泊りだ…!プレゼント忘れないようにしなくちゃ。の頭の中はもう、あしたのことで頭がいっぱいだった。あしたは、良い日になれば良いな。
夢が終わりを告げて、新しい夢が始まる