「うそ、きょうって4月22日っ…?」
がば、っと起き上がり携帯のカレンダ−を凝視する。何処からどう見てみても、きょうは4月22日だった。
それを確認すると、はがっくりと肩を落とし「ああ−、山本君の誕生日まであと二日しかないよお…どうしよう…」そう呟いた。
…忘れていたわけではない。ここ数日、最近彼氏になったばかりの男の子 ―― 山本武君への誕生日プレゼントに悩んでいた(ほんとうだよ!)
それなのにぜんぜん良いプレゼントが思い浮かばなくて、とうとう二日まえになってしまった。きょうまでを振り返ると、だいたいそんな感じだ。
「うう…ほんとうにどうしよう…。このままじゃ山本君に合わせる顔がないよ…」
四六時中、そんなことばかり考えていた所為か、周囲への注意が散漫だったは、目のまえに電信柱があることに気づくはずもなく、そのまま正面衝突した(い、痛い!)
「おいおい、大丈夫かよ」不意に、そんな聞きなれた声が聞こえて、はまだじんじんと痛む頭を抑えつつ「…山本君!」と大好きなあのひとの名前を呼んだ。
すると山本はいつもの笑顔を浮かべて「ったくしょうがねぇなあ…乗ってけ、ふらふらすんだろ?」と言い、自転車の荷台を指差した。
「で!でもでも!山本君これから練習なんじゃ…」
「きょうは朝練休みになったんだ。もうすぐ試験だしな…ほれ」
「でも、」
「…嫌なら、無理にとは言わないけど…な」
いまのは、わざとだ。は瞬時にそう思った。普段の山本なら、ひとを悲しませるようなことはぜったいに言わない。
いまの発言は、が断れないことを知っていて言ったことだ。そこまで無理をさせているのだと思うと、は申し訳なく思えて「…じゃあ、お言葉に甘えて」渋々といった様子でそう言った。
そうしたら山本は満足そうに微笑んで「おう!甘えとけ」て言って自転車のペダルを踏んだ。朝の風が、心地よく頬を撫でる。
「気持ち良い−」
「だな。きょうはいつもより気分良い気がするな」
「…?どうして?」
「そりゃたぶん、がいっしょだからだろ」
「…気障」
「なんとでも言え−。っと、ついたぜ」
言って、山本は指定の駐輪場に自転車を止める。が荷台を降りるのを、どこか名残惜しむかのように見ていたことに、は気づけなかった。
不意に降りた沈黙に、不思議に思ったは「山本君?どうしたの?」顔を上げてそう尋ねてみた。しばらくこちらをじいっと見ていた山本は「なんも!」と言っていつもの笑みを浮かべた。
それでも首をかしげているに山本は「気にすんな。ほんとうになんでもねぇから」と言って背中を押した。はまた無理してるんじゃないかと思ったけれど、そうではないようだから安心した。
そうして、それぞれのクラスに向かう。山本は少し離れた普通科のクラスへ、は情報科へ。教室に入るなり、親友の三浦ハルに突撃された(痛い…!きょうは良くぶつかるなあ…)
「おはようございます、ちゃん!」
「お、おはようハルちゃん…ぐるじいよ…」
「ご、ごめんなさい!嬉しくてつい…大丈夫ですか?」
ようやく離してくれ、は首元をさすりつつ「…うん」と言って自分の席についた。目のまえには、相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべたままのハルがいた。
すると突然「…まだ、悩んでるんですね」と言い出したので、は慌てて「な、何を?」と聞き返した。ハルは悪戯っぽく笑みを浮かべて「彼氏さんへの誕生日プレゼントですよ」と意表をつくように言った。はもう何も言えなくなってうぐ、と言葉に詰まってしまった。「黙っているということは、事実なんですね」というハルを見つめ、は渋々頷いた。だめだ、ハルには適わない。
テキストを直し終え、は頬杖をついて視線を泳がせた。ちょうど窓際の席のこの場所は、春の柔らかな日差しが入り込む、とても気持ちの良い位置だった。
「もう二日しかないのに…どうしよう…」
「ちゃんがこんなに悩むなんて…山本さんも、罪なやつですよね!」
「罪って、ハルちゃん…山本君は何も悪いことしてないよ」
「ですが、ちゃんをすきなひとにとってみれば山本さんは大罪人です!」
「ハルちゃん大げさすぎだよ…、でも、ありがとう」
「ほんとうのことを言っただけですからね、ちゃん!あなたがたぶらかされたというだけで十分罪なやつなんですから」
「はいはい…」
ここまでくれば、これ以上の言い合いはなんの意味も持たない。ハルがそう思っていてくれているのはとても嬉しいことだけれど、自分は本気で悩んでいるのだ。
だからと言ってハルのことをどうでも良いと思っているわけではなくて ―― というか、ツッコミをするべき点はほかにもたくさんあって。それゆえに無意味だと判断したわけだけれど。
そこまで考えて、はまたはぁ、と盛大にため息を吐いた。男の子にプレゼントなんてしたことなくって…何をあげたら良いのかぜんぜん検討がつかないよ。
「ちゃんをさしあげてみてはどうですか?」
「ぶっ…な、なにを言い出すの突然!」
「だって年頃の健全な高校生男子ですよ?そろそろ…なんて思っているかもしれないじゃないですか!」
「そういうことを大胆に力説するのもどうかと思うよ、ハルちゃん…」
「…ですよね。それはわたしが許しませんし!」
「じゃあ最初からだめじゃない…」
昼休み。屋上でハルとお弁当を食べていたは吹きこぼしそうになったジュ−スをもとに戻し、ハルに気づかれないようにこっそりとため息を吐いた。
そもそも…、出会って数ヶ月も満たない相手のことを、そんなふうに思うわけがない。は、物事には順序があると思っている。
きっとそれは恋愛以外の、ほかのことにも言えるはずだし、そう思うことに賛否を問いたいとも思わない(そう思わないひとも、いるはずだから)
「ちゃんは、山本さんに何を望むのですか?」
「え、」
「山本さんと、どうありたいとか…山本さんとどうありたいとか…そういうことです」
「わたしは…ただ…、山本君が山本君らしく…ありのままわたしのそばにいてほしい…それだけだよ」
「ちゃんは…素敵なだけじゃなくほんとうにお優しいんですね…、惚れ直しました!」
「惚れ直したって…そんな大それたことじゃないのに」
言って、お弁当のおかずにはしを伸ばす。不意にハルの「でも、」と言う言葉が聞こえ、はふっ、と顔を上げて彼女を見た。
ハルのその表情には優しい笑顔が浮かんでいて、いつものおどけたような笑顔ではなくはどうしたんだろうと首をかしげた。
そんなに気づいたのか、ハルは「山本さんがうらやましいです。ちゃんに、こんなにも思われて…ほんとうにすきなんですね、山本さんのこと」と言ってくれた。は目じりが熱くなるのを感じながら「ん…そうかも、ね。ありがとう…ハルちゃん、ごめんね?」と言って瞳の雫をぬぐった。ハルと仲良くなれて、ほんとうに良かった。
「そうですね…ちゃんが山本さんに何も望まないのなら、なんでも良いと思いますよ」
「…へ?」
「お誕生日プレゼント。山本さんなら、きっとなんでも喜んで受け取ってくれると思います」
「ハルちゃん…」
「だって、ちゃんが一生懸命考えて選んでくれたものですから。自信を持ってください」
ハルはそう言って自分のお弁当をさっと平らげた。その様子を見たは驚きはしたものの、ハルの言葉のほうがはるかに印象的だったため、そんなことはどうでも良くなってしまった。は自分の弁当箱を手に取り「…ありがと、ハルちゃん」と言って食事を再開した。心の中が、少しだけ軽くなった気がした。
明日、明後日、えいえん