このまえ武君に「今度会わないか」っていう誘いのメ−ルをもらったときは、ちょっとだけ驚いた。
だって、そういう誘いをするのはたいていわたしのほうが多いもの。だから珍しいなってびっくりしたんだけど…。
だけどやっぱり嬉しくって、すぐに「良いよ。いつものところで良い?」って返事を返した。そうしたら武君からもすぐに「ああ。じゃあ10時にな」と返事が来た。
そうして約束のきょうに至るわけなのだけど ―― 寝坊でもしたのだろうか。待ち合わせの時間から、15分はすぎている。
武君の遅刻の理由はだいたい寝坊だから、それほど心配してはいないけれど…ううん。ぜんぜん心配してないって言われたら、やっぱり嘘になる。
いまだって何度も携帯のディスプレイを開いてみたり、公園の入り口を眺めてみたりしてるし…つまりは落ち着きがないってことで…。
「武君、きょうはちょっと遅いなあ…」
携帯のディスプレイを20回開いたところで、わたしはじいっと画面とにらみ合いをした。ほんとうは、遅れてるって気づいた時点で連絡をとっても良いのだ。
それなのに、そうしないのは。いっつも、そうしないのは ―― 武君を、信じているから。ううん、信じたいって思ってるから。
それに、武君も忙しいんだし、急かすのも良くないっていう気持ちが、信じたいっていう気持ちと何度も交互に言ったりきたりしてる。
だから、リダイヤルボタンを押せない。最終的には、やっぱり信じて待ってみようって言う気持ちに負けてしまうからだ。
そうこうしている間に ―― ほら。ひとの往来の向こうから、息を切らせて走ってくる武君の姿が見えた。このときが、いちばん嬉しかったりするんだよね。
「わり、遅れちまって…」
「大丈夫だよ。でも今回はちょっと遅かったね?」
「大丈夫じゃね−だろ…言いだしっぺが遅刻するなんてよ」
「そんなことないよ、わたしだってそういうときあるし…」
「そうかもしんね−けど…ん?ああ、寝坊だ寝坊」
「そっか…そっちの高校も試験中なの?」
「うん?ああ、まあな」
「忙しいでしょ?それなのにどうして…?」
「電話でも良かったんだけどな…なんつ−か…に会いたかったんだよ」
「…突発だね」
「だろ。自分でもおかし−んだけどさ−…」
言いながら、呼吸を整えている武君の顔を見上げて、ふっと笑みがこぼれる。やっぱり、いつもの武君だ。
さっきの笑顔が少しだけ暗かったように見えたのも、俯いていたからなんだろう。だけど、武君が自分からわたしに「会いたい」なんていうってことは、
やっぱりそれなりに何か理由があるからだって思うから、ちょっとだけ、気を抜かずにいよう。
「じゃあ…どうする?何処か移動する?」
「そうだなあ…、寒くないか?」
「ううん、ちょっとだけなら外でも平気」
「そ−か…じゃあそこのベンチで話でもしようぜ。っと、ちょっと座って待ってろ」
武君に言われるまま、わたしはゆっくりとベンチに腰掛け、武君の背中を見送る。武君は少し離れた自動販売機でカフェオレとレモンティを買って、戻って来た。
そうして戻って来るなり「ほい。寒ィだろ」と言ってレモンティを差し出してくれた。わたしは少しだけ目を細めて「ありがとう」とお礼を言ってそれを受け取った。
それからふたりでほとんどおんなじタイミングで開口して、武君の「だぶったな」っていう言葉を合図にふたりして笑い合った。こんな時間が、すごくすきだな。
「武君…きょうはほんとうに会いたかったって言うだけなの?」
「うん?ああ…気になったか。心配かけたんならごめんな、ほんとにそれだけなんだ」
「息抜き?」
「ああ、まあそんなところかな」
「そっか…良かった。なんだかちょっと元気ない気がしたから…ほんとに良かった」
「…ありがとな。いっつもいろいろオレのこと気ィ遣ってくれたりして…」
「そんなことないよ。風邪ひいたとき武君だって心配してくれたでしょ?それとおんなじだよ」
「そりゃ風邪ひいたときは誰だって心配すんだろ。それとはまた違うっつ−か…まあ良いや」
武君はそう言って、ふっとひと息つくと持っていたカフェオレを一口すすった。わたしも武君の真似をして、レモンティをすすった。美味しいなあ。
不意に、バレンタインの飾り付けをしてあるお店を見かけて、わたしは思わず「あっ」と声をあげた。それに驚いたらしい武君は「どうしたんだ?」とわたしのほうを振り返った。
わたしは次に会えるのはいつになるか分からないと思って用意して来たバレンタインデ−用に焼いたクッキ−を武君に差し出した。
「えっと…あんまり甘すぎないようにしたつもりなんだけど」
「お、サンキュ。あのさ−」
「うん?なに?」
武君は透明な色をした包みを受け取りながら、わたしのほうを見て「はさ」と話を切り出した。わたしは冷めかけたレモンティをすすりながら「うん」と相槌をうった。
「もし幸福の残量があらかじめ決まっていたとして…それがあと少しってなったら、どうする?」
「なんだか、武君らしくない質問…」
「そ−か…もそう思うか」
「も、って…?」
「いやな、ツナとかに聞いてみたら同じこと言われたんだよ…らしくないって」
「ツナって…おんなじ中学だった沢田君?」
「そうそう。良く会うんだけどさ、そんとき幸せってもんの話になってさ」
「へ−。相変わらずおもしろいんだね、沢田君の周りって」
「だな。んで、?質問の答えは?」
「えっ?ああ、えっと…そだね、う−ん…」
目を閉じて、言葉を探す。ゆっくりと、少しずつ。いろいろ思いは浮かんでくるけれど ―― やっぱり、最終的に行き着く答えはひとつだけだった。
わたしはうん、って頷いて武君のほうを見た。「わたしはやっぱり、武君といっしょにいたいな。わたしの願いは、それだけだから」と言って、笑みを浮かべる。
そうしたら武君は少しだけ目を見開いて、だけどやがていつもの笑みを浮かべて「…ありがとな」と言った。だからわたしはなおさら嬉しくて、うんって頷いた。
10年先も、20年先も、わたしの隣に武君がいますように。わたしの願いは、たったそれだけなの。
君の夢の音