時々、どうしてわたしはこんな奴(六道骸とかいう奇天烈ななまえの奴)のことをすきになってしまったんだろうって思うときがある。 そうは思ってみても、すきになってしまったものはしょうがない。わたし ―― は隣にいる彼の横顔を眺めながら、そんなことを考えた。 そんなだから、骸さんが「、僕の話聞いてますか?」って言ったことにも気づかなくて。いや、気づけなくて、わたしはただ骸さんをじいっと見ていた。

「僕の顔に何かついてます?」
「…へ?」
「それとも、僕の横顔に見入ったりしてたんですか?」
「ばっ!冗談やめてよ!そんなんじゃっ…」
こそ素直になったらどうです?顔が真っ赤ですよ?」
「だから違うって言ってるでしょ!も−、自惚れるのもたいがいにしてよね!」

そう吐き捨てて、ふんっと顔を背ける。骸さんは慌てる様子もなく、それどころかこの状況を楽しむかのように「おやおや」だなんて言っている。 彼のこういうところはあまりすきじゃない、とわたしは思う。…だって。慌ててくれたら、機嫌をとろうとしてくれたら、ごめんねって言えるのに。 骸さんは、わたしのそんな気持ちに気づいているのかいないのか。骸さんは目ざといところがあるから案外気づいている、のかもしれない。 それならなおさら気を使うべきだって思うけど、そこのところは本人の性格上っていうのもあるだろうから、目を瞑ってあげても良いかなって思う。 だから、なんていうか…骸さんばかり良い思いをさせるのも悔しいって思うこともあるわけで…だから時々、わざと膨れてみたりする。 「骸さんなんて知らない」って言ってみたり、わざと素っ気無く接してみたり。だけど、やっぱり勝てないんだよね…。そこがまた悔しいんだけど。 だけど、きょうは特別。わたしはかばんの中に忍ばせておいた、綺麗にラッピングされた包みを取り出して、ため息をひとつ吐く。


「はい、骸さん」
「なんですかこれ。きょうは僕の誕生日でもなんでもないですよ」
「…骸さん、わざとならほんとうにあげませんよ」
「…すみません、お遊びがすぎました。きょうはバレンタインとかいう日でしたね…」
「骸さんなんて嫌い…」

こんなやりとりにもいい加減嫌気がさしてきて、わたしがぽつりとそう呟くと、骸さんは「心にも無いことを」と余裕を思わせる笑みを浮かべた。 くっ…悔しい…!やっぱり、どうやったって、何をしてみたって、骸さんにはわなわない。…そんな気がしてきた。だめだ、素直にあきらめるしかないみたい。 わたしがきょう二回目になるため息を吐くと、骸さんは「あんまりため息をつくと幸せが逃げてしまいますよ」なんていう冗談を言った。 このひとの相手をするのが、こんなにも疲れるだなんて気づいたのは、付き合い始めて少し経ってからのことだ。いまの気持ちと、まったくおんなじ。


「今年もありがとうございます、
「ど−ういたしまして−」
「おや、どうしたんですか?そんなにぐったりして…」
「…なんでもないよ。用事はすんだし、もう帰ろう?」
「…、もう少しいっしょにいてくれませんか?」
「…良いけど、どうしたの突然?」
「突然じゃないですよ。僕はずっと、といっしょに話したかったんです。
 それなのにああだこうだって言って僕の話を聞いてくれなかったのは、のほうじゃないですか」
「あのね。…もう良いや。何を言っても勝てる気しないし…それで、話って?」

骸さんは「おや、潔いんですね」と少しだけ驚いたように目を見開いて、きょう三度目になるため息を吐いて肩をすくめるわたしを見た。 そんなわたしに見かねた骸さんは「だから、そんなにため息をつくと幸せが逃げますって」と、何処か困ったような笑みを浮かべた。 だからわたしはいまがチャンスだ、とばかりに「大丈夫だよ。だって、骸さんがわたしを幸せにしてくれるんでしょう?」って言ってやった。

「まさかがそんなことを言うとは思いもしませんでした…まあ事実ですけどね」
「なんか…素直に喜べる気がしないのはなんでだろう…」
「喜んでくれて良いんですよ?別に意図的なものはこれっぽっちもありませんし…ねえ
「はいはい、左様でございますか」
「ははは、まあ意図的なものがまったくないって言ったら嘘になりますけどね。でも僕はそのつもりでいますよ、


突然に、骸さんが真面目そうな顔をするものだから、わたしは不覚にも「どきり」としてしまった。このひとの言動ひとつひとつに踊らされることはあっても、 こんなふうにどきどきすることはあまり無かったのに…なんだか不思議な感覚だった。不意に、視界が真っ暗になる。続いて、何か暖かいものが唇に触れて、わたしは息をするのも困難になっていた。 いつもの、冗談半分の口付けじゃなくって、何処か「真剣」な口付けに、わたしは柄にも無く困惑していた。それから少しして、視界が開けたと思うと、景色がぐらりと動いた。 わたしの目のまえには、先ほどと変わらない真面目そうな骸さんの顔がある ―― いったい、どうしちゃったんだろう…骸さん。

「…どしたの?」
…もし幸せの残量があらかじめ決まっていたとして、その残量が残り少ないとしたら…はどうしますか?」
「唐突…」
「いつもみたいにはぐらかすのはなしですよ」
「…大切なひとと、ずっといっしょに手をつないでいたいって思うよ」
「奇遇ですね、僕も似たような答えですよ。
 大切なひとを…ずっと、腕に抱きしめて…そのひとをずっと、守りたいと思います」
「…似合わない−」
「そうかもしれません…でも、そう思えるのも…だけなんです」
「…」

しばらくの沈黙のあと、骸さんは「それだけは、何があっても覚えていてください…」そう言って、わたしの額に優しく彼のそれを添えた。 それから特に何をするでもなく、彼はわたしから受け取ったチョコレ−トを「おいしい」と言いながら、満足そうに笑みを浮かべていた。 心臓が、早鐘のように脈打って、うるさくて仕方ない。わたしは、夜に向かう空を仰いで、深く、深呼吸をした。この胸のどきどきは、まだとうぶん静まりそうにはなかった。

ひとつ長い眠りのようなまぼろしの中で