「え、映画?」「そ−、映画!今度の日曜日どうかなと思って」そんな電話のやりとりをしたのは、つい数日前の話。 その誘いを受けたときは、素直に嬉しかった。野球の大会が終わってすぐだから大丈夫かなあって思ったりもしたけれど、 気を遣わせるわけにもいかなかったから、素直に了承した。これって、一般に言うデ−ト、だよね。 山本君とこんなわたしが付き合い始めて早三ヶ月 ―― 試験だったりお互いの部活が忙しかったりといっしょにいられる時間が少なかったから、とっても嬉しい。 「や、山本君!ごめんね、待たせちゃった?」 「お?、来たな!いんや、ちょっとまえに来たところだ」 言って、手を差し出す ―― 握った手は、ひんやりと冷たかった。少し前に来たというのは、わたしを安心させるための嘘、なのかもしれない。 普通の冷たさとは違う。すごく冷たい感じ。指先は紫色に変色し始めていて、かすかに手も震えている ―― その手を、ぎゅっと握り締める。 握る手の加減に気づいたらしい山本君は不思議そうに「どうした?」って尋ねて来た。嘘が下手なんだね、って言うつもりだったけれど、 首を振って「ううん、なんでもない。寒いね」と言った。そうしたら山本君は満面の笑顔で「だな。手が凍っちまいそうだよ」と答えた。 「映画って、何を見るの?」 「ん?俺ぁなんでも良いんだけど…何か良いもん知らね−か?」 「え、っと…じゃ、あれなんてどう?」 指差したのは、いま話題の感動ものの映画。結構CMとかでも宣伝されていたりするから、山本君も目にしたことはあるはず。 そう思って山本君のほうを見てみたら、なんだか不思議そうな顔をしておもしろいのか?なんて呟いているのが聞こえる。 恋愛が絡んでるようなものじゃないから、知らなくてもぜんぜん問題ないのだけれど、果たして山本君のお気に召すかどうか。 こればっかりは見てもらわなくちゃ分からない。そうして、上映から数時間 ―― 周囲が感動の泪に包まれる中、ふたりだけは何処か違っていた。 「良かったよな!あんな感動的な映画すげ−久しぶりに見た」 「う、うん…わたしも。良かったよね、すごく」 「ああ。っと、そろそろ昼飯の時間か。何にする?おまえが決めて良いぞ」 「え、でも…映画選ばせてもらったんだもん、ご飯くらいは山本君が決めて良いよ」 「ってやっぱ優しいのな。じゃ、あそこなんてどうだ?」 笑いながら、一軒のお店を指差す。そこは、行列が出来ている和食の定食屋さん。な…なんていうか、山本君らしいなあ。 脳内でそう思いながらも、リストの中になまえを書く ―― 俺が書くよ、という山本君の言葉に甘えて山本君の名前を書き、最後尾にふたりで並んで立つ。 それからは時折店内を覗き込んだりしながら結構待ちそうだなとかこのまえの試合のこととか、他愛の無い話をしてすごした。 そうしているうちに、なまえを呼ばれて(うわあ、山本君のなまえで呼ばれちゃったよ。どうしよう)いっしょに店内に入る。 休日の昼過ぎとあって、店内は結構込み合っていて、にぎやかな雰囲気が漂っていた。あちこちで、楽しそうな笑い声が聞こえる。 「ふう…、どうした?疲れたか?」 「ん?ううん、お腹空いたなって思って!山本君どれにする?」 「そうだな−じゃあこれにしようかな。は?」 「う−ん…おんなじので良いよ。あとドリンクもね」 おお、という山本君の返事を聞きながら、えへへ、と笑みをこぼす。こんなふうにいっしょにすごすのは初めてで、だからなんていうかすごく新鮮で嬉しい。 山本君との楽しい時間はあっという間にすぎていって、ゲ−ムセンタ−に行ったりしているうちに、太陽は西に傾き始めていた。 山本君の「そろそろ帰るか。近くまで送ってくよ」という言葉を合図に、帰路につく。ふたりだけの帰り道は、なんだか妙に静かだった。 いつも学校帰りはこんなことなくて、楽しくお話して帰るんだけど、きょうはほんの少しだけ、空気が違っていた。どうしてだろう? 「あの、さ…」 「へ?なに?山本君、」 「きょう、楽しかったか?」 「どうしたの?急に…わたしはすっごく楽しかったよ?」 「…そっか、んなら良かった。俺も楽しかったぜ」 「そか。何かあったの?」 「んや。俺、ちゃんとをエスコ−ト出来てたかなって思っただけ」 「山本君…そんな気を遣わなくても良いんだよ。いっしょに楽しめればそれで」 「そ−か?でもこういうのって男のほうがいろいろ紹介したりするもんなんだろ?」 「どうかなあ…ひとにもよると思うけど…。 とりあえずわたしは山本君といっしょなら何処でも良いし十分楽しめるよ」 「…ありがとな。俺、といっしょになれて良かったよ」 そう言ったと思った瞬間、わたしの頬に何か暖かいものが触れた ―― 数秒間を置いて、口付けされたんだと気づく(え、え、ええ?) 振り向くとそこにはもういつもの笑みを浮かべている山本君がいて、何がなんだか分からないわたしは、ちんぷんかんぷんだった。 ただ、いまのはお礼の口付けなんだと思うから、きっと深い意味はないんだろう。それにしたって、不意打ちは心臓に良くないよ…! 「きょうの映画、ね」 「ああ…がすすめてくれたやつか。らしいよな、あんな映画すすめるなんて」 「そ、そかな…わたし、実は結構感情移入しちゃってて…だけど涙は出ないの。へんでしょ」 「んなこたぁねぇよ。俺も結構じんわりきてたし、周りの奴も泣いてただろ」 「うん…そうなんだけどね…」 「…まあ、無理に泣くこともねぇさ。最後に良かったって思えれば、それでな」 「山本君…うん、そうだね。ありがとう」 言って、微笑む。山本君にそう言われると、不思議 ―― さっきまでの違和感が、どんどん消えていっちゃう。素直に、あの映画は良かったって思える。 山本君の言葉は、魔法みたいだね。わたしの中の、いろいろな気持ちを良いものに変えてくれる、力、みたいなものがある。 そんな山本君だから、これからもずっとずっと、いっしょにいたいって、そう思えるんだよ。 Be with you |