いつもどおりに学校が終わったある日の放課後。 久しぶりにランボくんやイ−ピンちゃんたちに会いに行こうと思って、わたしは綱吉君の家を訪ねてみることにした。

「こんにちは−!ですけど綱吉君いますか−?」

…返答なし。聞こえていないのかなあと思ったわたしは、もう一度インタ−ホンを押そうと指を伸ばした ―― そのときだった。 綱吉君の部屋のほうからどか−ん、っていう凄まじい爆発音が聞こえて、思わず指先がぶれた。な、何が起きたんだろう? もし何か、ほんとうに爆発に巻き込まれていたなら大変だ。そこまで考えるとわたしの頭は瞬く間に混乱していって、 とうとうわたしは挨拶もせずに家の中に強行するというなんとも失礼極まりない行動に移ってしまった(おばさん、ごめんね!だって綱吉君が心配なんだもん!)

「綱吉君、大丈夫!?」

ばん、とドアを開けた直後 ―― わたしを出迎えてくれたのは、体当たりの洗礼だった。一瞬、息が出来なくなって窒息しそうになる。 そして、倒れそうになる「おっと、悪い」という声とともに体ごと支える ―― このひとは、山本、くん?(え、綱吉君じゃ、なくて?) しかも、なんだかいつもの山本くんとは少し ―― いや、だいぶん雰囲気が違うみたい。なんだかすごく、格好良くなってる感じがする。

「大丈夫か? ―― ?」
「や、やっぱり…山本、くん?」
「ああ!やっぱり、おまえだったのか!10年前も可愛んだな−」

ちょ!さりげなくセクハラ発言しましたよこのひと!ていうかそろそろ腰にある手を離して欲しいなあ…!熱が伝わっちゃってたらすごく恥ずかしいよ。 それよりも。めのまえにいる山本君は確かに「10年前」って言った。っていうことはいまわたしのまえにいるこのひとは、10年後の山本くん、なんだ。 道理で ―― 雰囲気も、背丈も、何もかも違うわけだ。だけど、根っこの優しさは、わたしが大好きなあの笑顔は、変わっていない。 そう思うと、なんだかとても嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。そんなわたしを見て、10年後の山本くんは「何がおかしいんだ?」と首をかしげた。

「ううん、なんでもないよ。ただやっぱり山本くんは、何年経っても山本くんのままなんだなって思ったら嬉しくって…急に笑っちゃってごめんね」
「そっか。も、あんまり変わってないみたいだな」
「そうかなあ…?ていうかそろそろ手、離してくれると嬉しいんだけど…」

わたしがくすくす、と笑いながらそう話すと、山本くんは少しだけ慌てて「すまない」と言いつつ手を離してくれた。ほんとうに、山本くんは優しいままなんだなあ。 そういえば、さっきまでランボくんたちの姿が見えていた気がするんだけど、何処に行っちゃったんだろう。わたしは不思議に思ってそのことを山本君に尋ねてみると、 彼は俺たちに怒られるのを怖がって何処かへ行っちゃったんじゃないのか、と言った。そうかもしれない。10年バズ−カを誤射した挙句、 遊び半分で連射していた、だなんてことを知られたらランボ君たちだって気が気じゃないはずだもの(すでに知られているかもしれないけど、ね)

「そっか…じゃ、5分待つしかないな」

状況を把握したらしい山本君は、腕組みしながら呟くようにそう言った。そこまで言って、しばらくの沈黙が降りる ―― が、その直後。わたしは重大なことを思い出した。 半開きだった口が、徐々に開かれていく。情けない、っていうのは何となく分かっていたけど、五分過ぎてる、って言う事実は変わらないから仕方ない。

「山本君…落ち着いて聞いてね」
「俺は落ち着いてっけど…なんだ?」
「あのね…もう五分は軽くすぎてるみたい、なんだけど?」

…沈黙。予想はしていたけれど、さすがに驚いただろう山本君は瞬きもせずにわたしを凝視している。あの、あんまり食い入るように見ないで欲しいなあ。 次にかける言葉を探しながらわたしがそんなことを思っていると、今度は山本君が「うん、そうだな」って、独り言みたいにしゃべりだした。

「どうしたの?どっかおかしくなっちゃった?」
「ん?違う違う。もし10年バズ−カの故障なら、10年後にいった俺たちが何とかしてくれるだろって思ってな」
「れ…冷静なんだね。っていうか他力本願なんだね…」
「だってさ、未来の俺がここにいるんだから、10年前の俺に任せるしかないだろ?」
「ま、まあ…それはそうだけど」

そうだけど。もし山本君に何かあったら…わたし、それだけが心配で仕方ないんだよ。未来の山本君がここにいたって、 10年前の山本君が ―― こんなこと、思いたくないけど、死んじゃったり、したら。ここにいる未来の山本君だっていなくなっちゃうかもしれない。 過去があって、いまがあって、未来がある。だから、だから ―― どうか、お願い。無事で、いて。不意に、目じりに暖かい指先が触れて、わたしは我に返った。

「泣くなよ」
「山本、く…わたし、泣いてなんか、」
「泣いてるよ。ほら、」

ほら、って言いながら強引にわたしを自分の腕の中に収める山本君。彼の腕の中は、どうしようもなく暖かくて、余計に涙があふれた。 わたし、ほんとうに情けない。10年後の山本君だって意味も分からずに過去に飛ばされて不安なはずなのに、こうやって慰めようとしてくれてる。 それなのに、わたしはほんのちょっとしたことで心が揺らいで、どうしようもなく泣きたくなってしまう。そんな弱い自分が、大嫌いだった。 けれどいつか、ずっとまえ。山本君が「そんなわたしも含めて全部好きだ」って言って心にしまっていた思いを告げてくれた。だからこんな自分も、少しずつすきになれたの。

「大丈夫だ。ぜったい、何とかなる」
「山本君…ごめんね、わたし…弱くて、」
は、弱くなんかないよ。いつでも、俺のこと支えてくれてたし、力になってくれてた」
「だけど…それだけなんだよ。ほんとうに、それだけなんだよ」
。おまえは知らないだろうけど俺は…がそばにいてくれるだけで、
 俺の大切なもの、全部守れるくらいの力がみなぎってくるんだ。ほんとうだぜ?」
「山本君の…大事なもの…?」

山本君は力いっぱいにああ、と言ってわたしをゆっくりと自分の体から引き離した。手にこめられている力は、相変わらず優しいまま、だ。 そして「その大事なものの中にはもちろんおまえも入ってる」と言って、そっと、わたしの唇に触れた。ほんとうの、10年前の山本君とも数えるくらいしかしてないのに、 何故だか拒まずに、受け入れることが出来た ―― どうしてだろう、暖かい。それが、とても不思議だった。短い口付けのあと、山本君は静かに話し始めた。

「それに俺、が思ってるよりいまそんなに不安じゃないんだぜ」
「え、そうなの…?」
「ああ。だってさ、がいるだろ?もそうだし、きっと親父も…分かってくれる」
「山本君…うん、わたし、山本君のそばにいるよ。離れないよ」

わたしがそう言うと山本君は少しだけ驚いたように目を見開いて、けれどもすぐに恥ずかしそうな笑みを浮かべて「サンキュ」って言ってくれた。 わしゃわしゃと頭を撫でる山本君を見上げながら、わたしは山本君をすきになれてよかった、と心から思った。ほんとうに、そう思えたんだよ。

こんなあたたかさに続きがなければいい