きょうはわたしの14歳のお誕生日ということで、同じクラスでいちばんのお友達の三浦ハルちゃんに「テストも終わりましたし、 京子ちゃんたちも誘ってお茶会しませんか?」と誘われた。ハルちゃんの他校生のお友達、笹川京子ちゃんと黒川花ちゃんのことだろうと思ったわたしは、 彼女たちとも面識があったからこのお誘いをなんの迷いもなく受けた。思えばこのときから、運命の歯車は動き始めていたのかもしれない。

「ふう−、すっかり寒くなりましたね」
「うん、そうだね。京子さんたちとはここで待ち合わせ?」
「そうなんです。ここのケ−キすっごく美味しいって評判で、まえに京子ちゃんに教えてもらったんです」

わたしはとっても嬉しそうに話しているハルちゃんの横顔を見ながら、へえ、と言った。ここのケ−キ屋さんが評判だっていう話は、 ここに立っているだけで分かった。仕事が終わる少しまえの時間帯だというのに、すでに満席に近いひとでにぎわっているし、 厨房からとっても美味しそうなケ−キの匂いが風に流れて来ている。わたしは陳列棚のほうを向き、どれにしようか考えた。 チ−ズケ−キ、シフォンケ−キ、いまが旬のモンブランケ−キ。そして王道のショ−トケ−キやチョコレ−トケ−キ。見ているだけで幸せな気分になれる。 タルトもすっごく美味しそう。そこまで悩んだところで、ハルちゃんに「ちゃん」と肩をたたかれた ―― 振り返ると京子ちゃんたちがいた。

「あ!京子さん、花さん!こんにちは!お久しぶり−」
「こんにちは、ちゃん!ほんとうにお久しぶりだね−。
 あっ、そうだ!きょうはお誕生日おめでとうっ!プレゼントないからケ−キおごるよ!」
「そんな!京子さんに悪いよ!きょうはお金もあるし、プレゼントのことなら気にしないで良いよ」
「そういうわけにはいかないわよ−。それにおごりの話はあたしと京子で決めたんだから」
「へ…そうなの?」

わたしの問いに、花さんの隣に立っていた京子さんがとても可愛らしい笑顔でうん、って頷いた。京子さんってほんとうに可愛いなあ…。 不意に我に返ったわたしは、あまり何度も拒否するのが逆に申し訳なくなって「じゃあ、お言葉に甘えて」と笑顔で返した。 すると花さんと京子さんはほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべて「任せて!」と言ってくれた。ふたりにおごってもらえるなんて、嬉しいな。 一部始終を見ていたハルちゃんが「お話もまとまったところで、冷えるまえに中にはいりませんか?」とドアノブに手をかけながら言った。 うん、そうだね。折角お祝いしに来てくれたふたりに風邪なんてひかせられないし。わたしはそう思って、三人を先に店内に入らせた。ふ−あったかい。 わたしたちは適当に四人がけの席を探して、お財布以外の荷物を置いてカウンタ−のまえに立った。

ちゃん、何が食べたい?」
「そっか…じゃあえっと…クラシックチョコレ−トで」
「おっけ−。ハルちゃん、花ちゃん決まった?」

京子さんの問いかけになまえが挙がったふたりはそろって「まだ考え中」と答えた。 その表情は真剣そのもので、そんなふたりを見ていたわたしと京子さんは、なんだかおかしくなってふたりでこっそり笑いあった。 ようやく、ふたりのオ−ダ−が決まったところで、わたしはさっきふたりにおごってもらったものとは別にモンブランとココアを注文した。 それを見たハルちゃんは「良く食べるんですね」って笑いながら言った。手にはもう、頼んでおいたケ−キとドリンクの乗ったトレイを持っている。

「うん、なんかお腹空いちゃって。それにちょうどおやつ時だし」
ちゃんって、デザ−トには目がないですよね!わたしもこういうのはすきですけど」
「そうかなあ…特別甘いものがすきってわけでもないけど…時々無性に甘いものが食べたくなるんだよね」

わたしはトレイを受け取りながら、そう言った。ハルちゃんは「それ、分かる気がします−」と満面の笑顔で言った。 それからは、四人でケ−キを食べながら他愛のない話をしてすごした。京子さんたちの学校のこと、テストの出来具合のこと。 そんな中で時折なまえが挙がった京子さんの兄、了平さんのこと。お兄さんの周りにいる綱吉君や獄寺君、山本君、雲雀君のこと。 綱吉君や獄寺君、山本君は一度会っただけであまり面識はなかったけれど、並盛の雲雀君はうちの中学でも有名だったから、いろいろ聞いていた。 ケンカがすごく強いこともそうだし(そのときトンファ−振り回すことも)とにかく、私の中で雲雀君は怖そうなひとだっていうイメ−ジしかない。

「あ、もうこんな時間…そろそろ帰らないと」
「え、あ…もう5時まえですか…そうですね、お二人は家から少し離れてますし」
「うん。きょうはすごい楽しかったよ−もありがとう」
「う、ううん!わたしのほうこそおごってもらっちゃって…花さんもほんとうにありがとう」
「ど−いたしまして!また話そうね!行こ−か、京子」
「うん、そだね。また今度ね、ちゃん」
「うん!京子さんもありがと!また今度ね」

それぞれのトレイを片付け、店先でふたりを見送る。残されたわたしとハルちゃんは、しばらくふたりの背中を見つめていたけれど、 ハルちゃんの「わたしたちも帰りましょうか」という声を合図に、向きを180度変えて歩き始めた。 そしてまた、他愛のない話をしながらいつも通りの路地を曲がろうとした、そのとき ―― どん、という派手な音とともにわたしは尻餅をついた。

ちゃん!だ、大丈夫ですか?」
「わり!余所見してて…って、ハル?」
「え?あ…山本さん!どうしたんですか、こんなところで?」
「ちょっとこっち方面に用事があってさ−。って大丈夫か?」
「そうでした!ちゃん!」

そうでした、ってハルちゃん…そんな忘れてた、みたいな言い方あんまりじゃないですか…?わたしが半分涙目になっていると、 ハルちゃんが山本さん、って呼んだ男の子が少しかがんで、わたしに手を差し伸べてくれた ―― すごく暖かくて、おおきな、手。

「ほんと、ごめんな。何処も怪我してないか?」
「だ、大丈夫、です…ちょっとびっくりしただけで、」
「そっか、なら良かった。お詫びってわけじゃないけど、今度の日曜日、ひまか?」

へ?いきなり何を言い出すのかと思えば。わたしは山本君の言おうとしていることが分からなくて、首をかしげてみる。 すると山本君はおかしそうに笑みを浮かべながらポケットから紙切れを取り出した ―― これって、公式戦のチケット?

「今度、東京ドームで試合があるんだ。きょうはチケット買いに巡ってたんだ。
 やっと手に入ってさ!親父が行けないっつ−んで相手探してたんだ。おまえ、ハルの友達のだろ?」
「え、あ…うん、そうだけど」
「もし野球がすきなら、いっしょにどうだ?」
「特別すきってわけじゃないけど…嫌いでもないよ。日曜日はたいていひまだし…」
「そっか!じゃ−連絡用にケ−番とメアド交換しとこ−ぜ」

な、なんか勝手に話が進んでいくけど、良いのかな…!そう思ったわたしは何となくハルちゃんのほうを振り返ってみた。 するとハルちゃんは何かおもしろいものを見つけたときみたいな笑顔を浮かべて、力いっぱいに頷いていた。な、何を企んでるんだろう、ハルちゃん…。 野球観戦なんていうのもたまには良いかな、とは思うけど…あまり面識のないひとと行くのはどうなんだろう。 そんなことを考えている間にも、話はどんどん進んでいって、ついていけていないわたしの頭は混乱していくばかりだった。

「あ、あの、山本君…!」
「ん?なんだ?やっぱ都合悪いか?」
「そういうんじゃないけど…」
「じゃ、また連絡するわ。ハルもまたな!」
「はい。山本さんも気をつけて」

ハルちゃんの言葉に、山本君は「おう」とだけ答えて、路地の向こうに姿を消した。 あの、えっと…これからわたしはどうなるんでしょうか…?

きみと始まりを奏でる季節