の大会も無事に終わり、その帰り道 ―― 山本はを待つためひとり会場の入り口に立っていた。それからおよそ15分。 楽譜を大事そうに抱えているの姿が見え、大きく手を振り上げて呼び止める。 「!」 「え・・・?あ、山本くん。どうした、の?」 「おまえを待ってたんだ!練習までまだ時間あるしな!」 は腕時計を見た。時刻は午後12時をすこし過ぎたころだ。確か彼の練習が始まる時間は1時からだと聞いていたが、大丈夫なのだろうか。 「な−に、昼飯も学校で食うし、準備だってすぐ終わる」 「・・・そう・・・」 「・・・あのさ、」 「なに?」 「今度の試合、にも見に来てもらいたいんだ」 「秋の大会・・・?それは構わないけど・・・どうして?」 「まあ、ちょっと、な」 はにかむように笑う山本を見つめ、はわずかに首を傾げたが、試合観戦に行けばその理由も分かるだろう。そう思い、深く追求することはしなかった。 間もなく、並盛中学の校門が見え、これから練習だという山本を見送ろうと、は校門前で立ち止まった。 「じゃあ・・・練習、頑張って、ね」 「おう!サンキュ、!あ、そ−だ」 「・・・え?」 「おまえの歌、良かったぜ!ああいうところで聞いたの初めてだったけど、なんか感動した!」 「山本君・・・ありが、とう・・・」 「ああ!じゃあまたな!」 そう言って、満面の笑みを浮かべて走り去っていく山本の背中を見送る。とくん、とくん。静かに、だけど確実に早く鼓動が鳴っている。 自分の歌を、あんなふうに受け止めてくれたのは男の子の中では彼が始めて、だった。そんなこと思うたびに胸が痛くなる。どうして、だろう。 「なんだろう、この気持ち・・・? 良く分かんないけど・・・なんか痛い・・・よ・・・?」 静かに呟き、楽譜を握り締める。その鼓動も、深呼吸をすると落ち着きを取り戻した。それでも心の中に芽生えた小さなざわめきは、かすかに残った。 それから、およそ半月 ―― 山本に招待されていたこともあって、は綱吉たちといっしょに試合観戦に来ていた。 「山本はね、にありがとうって伝えるためにホ−ムラン打つんだって」 「え・・・?」 「コンク−ルの日に、そう言ってたんだよ。 には歌で元気をもらったから、野球でお返しをしたいんだって」 「そう、だったんだ・・・だからきょう、わたしを・・・?」 うん、と頷く綱吉を見つめ、そっか、と言葉を返してグランドに視線を落とす。山本が、バッタ−ボックスに上がっていくのが見える。 無意識のうちに、両手を組んで祈っていた ―― がんばれ、がんばれ。そして ―― 目を開いた、その瞬間。軽快な音とともに、ボールがこっちを目掛けて飛んできた。 「わ、わ、わっ!?」 「、だいじょうぶ!?」 「い、痛い・・・でも大丈夫・・・取れた、みたい・・・?」 「うん、取れてる!取れてるよ!」 嬉しそうにはしゃぐ綱吉を、はおかしそうに見ていた。綱吉が自分に向かって拳を振り挙げているのに気づいたらしい山本は、嬉しそうに笑って親指を立てた。 その笑顔を見て、は山本が放ってくれたホ−ムランボ−ルを握り締めた。またあのときと同じざわめきが、胸の高鳴りが加速する速さで迫ってくる感じがした。 試合終了後、は誰もいなくなったスタンドで、ほんやりと野球ボ−ルを眺めていた。いま、山本に会ったりしたら、きっとちゃんと目を見て話すなんて出来ない。 「はぁ、はぁ・・・ ―― 、探したぜ・・・」 「や!山本、くん・・・!?どうして・・・」 「ツナたちに聞いたら忘れ物取りに行ったきり戻らないって言うじゃねぇか」 「ごめん、ね・・・ぼんやり、してたら時間経っちゃっ、て」 「はぁ・・・で、なに考えてたんだ?」 「なに、って・・・いろいろ・・・?きょうの試合のこと、とか。 そうだ、山本くん。HRボ−ル、ありがとう。届いた、よ・・・ちゃん、と」 「そ、っか。良かった」 隣に腰掛け、山本はそう言って何処か恥ずかしそうに、だけどほんとうに嬉しそうに笑みを浮かべた。 途端に、何の前触れもなくふたりの間に静寂が訪れる。その静寂を断ったのは、山本、だった。 「あのさ、」 「なに・・・?」 「ずっと、言いたかったことがあるんだ」 「言いたかった、こと・・・?」 「ああ。俺がはっきりしなかったから、言えなかったんだ・・・けどいまなら言える。 、ほんとうにありがと、な。俺、の歌がなかったらこのマウンドにはいなかったかもしんねぇ」 「山本君・・・そんなこと、ないよ。山本君がきょうの試合に出られたのは、山本君が強かったから、だよ」 「・・・」 ふんわりと、力なく微笑むを、抱きしめた。彼女が男性恐怖症だということは知っていたけど、この衝動を抑えることは出来そうになかった。 やっと、ほんとうにやっと伝えることが出来たという、嬉しさからくる衝動、を。 「あ、あの、あの・・・!」 「俺・・・が好きだ・・・!」 「え、えぇ・・・!?ほんとう、に・・・?」 「ああ!」 「え、えと・・・あの、その・・・。 よ、良く分かんない、けど・・・わたしも山本君のことすき、なんだと思う・・・」 そう言った瞬間、さっきまでのざわめきが少しずつ収まって、心の中の何かが静かに解けていくような感じがした。 山本は、一瞬驚いた顔をしたけれど、やがてほんとうに嬉しそうに微笑んで見せた。少しして山本が戻ろう、と言って手を差し伸べてきた。 いまなら ―― そう、いまなら。このおおきな手を、あなたの温かい手を、握り返せる気がした。そう思えるひとに ―― ほかの誰でもないあなたに出会えて、ほんとうに良かった。 いるものは手を繋ぐこと、それだけ |