真夏の太陽が、容赦なく地面を照りつけている。反射かどうかは分からないが、その所為で教室内は酷く蒸し暑かった。 冷房はついているものの、全くと言って良いほどその役割を果たしておらず、教室内には下敷きで扇いでいる姿も見られる。 今日補習に来ているのは数名だけで、全体の半分にも満たない。そのなかに、は窓際の席でぼんやりとグラウンドを見ていた。 「暑い−!プリント終わらない−」 「夏なんだから暑いのは当たり前、だと思うけど…」 ついに弱音を吐き出した友達に釘を刺すように言うと、彼女は分かっているよ、と頬を膨らませた。 そうしてまた下敷きを扇ぎつつ、自主課題として出されたプリントとにらめっこを始めた。はそれを見るなり笑みを浮かべ、自分もプリントを見下ろす。 「あ、山本君だ−」 「ほんとうだ。格好良いよね−」 「うんうん!まさにさわやか少年だよね!」 「あ−あ…同級生なのに間近で話すことも出来ないなんて」 「しょうがないよ−、人気者なんだし」 「そうなんだよね…それは分かってるんだけど−」 と同じようにグラウンドを見つめていた女子生徒たちがそんな話をしているのを、は何となく耳に挟んでいた。 数週間前に接触して来た彼 ―― 山本武が人気者らしいということは、風の噂で知っていた。だからと言って特別扱いすることはしなかったが、 改めてこういう話を聞いていると何となく、自分がいま危険な位置にいるのではないかという危機感に駆られる。駆られてしまう。 「そう言えば聞いた?あの噂」 「噂?山本君が放課後に誰かと会ってるっていう?」 「うん、そう!相手の子は女の子らしいっていう噂だよ−」 「嘘?まさか彼女?人気者だから影で会ってるとか?」 「ん−分かんない。でもこの噂結構広まってるよ−」 「へぇ−誰なんだろうね、相手の女の子って!気になる!」 「暴いたところでどうにもならないよ。山本君とお近づきになれるわけでもないんだし」 「そりゃそ−だ」 言って、彼女たちは揃ってため息を吐く。そうしてまたしばしグラウンドを凝視する。気持ちは分からなくもないが、 そんなことをしている暇があるならプリントを終わらせれば良いのにとは思った。けれどもあえて口にすることはなかった(面倒に巻き込まれるのはごめんだ) 「…終わった」 「ほんとう?、ちょっと見せて!」 「え、また…?まさか待ってた、の?」 「良いじゃん!終わらないと帰られないし!わたし今日用事あるんだよ−」 「…デ−ト、だっけ?」 「ち、ちが−う!なんであいつなんかと! ってそんなことはどうでも良いから!ね、お願い!」 両手を合わせて頼み込まれ、は渋々書き上げたばかりのプリントを彼女に差し出す。 調子に乗って「ありがとう、大好き」だなんて言いながら抱きついて来たけれどは容易にそれを受け流し、早く写しなよと先を促した。 「今日も部活?」 「うん。コンク−ル近いし…あんまり休めないんだ」 「そっか、たいへんだね。頑張ってね−」 「うん、ありがとう。気をつけてね」 帰り支度を済ませ教室を出て行く友人を見送りつつ、も部活に出るため支度を始める。 と、そのとき ―― 同級生のひとりに呼び出されるなり人気の少ない階段の踊り場に連れて来られた。目の前にいるのは、ふたりの少女。 顔つきは端整と言って良く、クラスでも人気者でなおかつリ−ダ−格の彼女たちが、いったいこんな自分に何の用事だというのだろう。 「あんたでしょ、放課後山本君と会ってるっていう合唱部の女の子って」 「え…どう、して…?」 「合唱部の先輩に聞いたのよ。最も先輩もひとから聞いた話だって言ってたけど」 「だったら、どうだって、言うの?」 「もう山本君とは関わらないでくれる」 「あんただって山本君が人気なのは知ってるはずでしょ」 はそこまで聞いてなんだ、やっぱりそんなことかと小さくため息を吐いた。結局のところは、あれか。嫉妬とかいう、そんな感情の ―― 。 そんなことを考えていると、目つきの悪そうな少女がなんとか言ったらどうなの、と叫んだ。同時に、平手打ちがの頬に軽い痛みを与えた。 「 ―― 大丈夫です」 「何が大丈夫なのよ!こっちの気も知らないで!」 「大丈夫です。わたしは男性恐怖症だから…彼に触れることは出来ないし、触れるつもりもない。 それに…わたしが誰かを好きになるなんて、あり得ないですから…ぜったい、に…」 「あんた…」 「信じられないなら信じてくれなくても良い、です。 好きになることが心配なら…気づいた時に離れます…だから、もうわたしに構わないでください」 「ちょっと、待ちなさいよ!」 ふたりの少女の大声に振り返り、は小さく微笑んで、ささやくような声で、言った。 「あのひとをすきだと思う気持ち…大切にしてください。こんなことのために…汚しちゃ駄目、です」 言ってすぐ、彼女たちの動きが固まった。瞬間面食らったような表情に変わり、ぱたぱたと駆け出していく。はため息を吐き、今度こそ部活へ向かおうと振り返った ―― そのとき、だった。 「…おまえ…」 「山本、君…ごめん、ね」 段上に、話の根源 ―― 山本の姿を見つけるなり、はそう言って駆け出した。聞かれた。聞かれてしまった。 彼女たちのことで心配をかけているに違いないのに、もしかしたら彼を傷つけてしまうようなことを、自分、は ―― 。 山本 かなしいまでに、あいを 070616 |