いつもと同じこの時間に、いつもと同じこの場所で、きょうもあのひとが来るのを待っている。 太陽は山の陰に隠れてしまいそうなほどに沈んでいて、人通りは数分前よりかは幾分か減っていて、公園には静けさが漂っていた。 「ん−、夕方の公園って静かだし、涼しくて良いな」 「でも、危ないこともありますよ」 「え…あ、骸さん!今日は珍しく遅刻だね」 「すみません、ちょっと用事が出来てしまいまして…でも、 あなたとの約束は破れませんから、すぐ片付けて来ましたので大丈夫ですよ」 「急がなくて良かったのに…大事な用だったんでしょ?」 「ええ、まぁ。ですが皆さん納得してくださいましたし、問題ありません」 あまり理解出来ていないのか、目の前の少女 ―― は、可愛らしくも首をかしげてこちらを見ている。 骸はあまり気にしないでください、と付け加えるとの隣に腰掛け、先ほど買って来たばかりの缶ジュ−スを彼女に手渡す。 「さっきの、危ないってどういう意味?」 「どういうって…最近はほら、物騒じゃないですか」 「…骸さんのほうが何倍も物騒だと思うけど…」 「何か言いましたか?」 「な、なな、何にも言ってないよ!うん、忘れて!」 「…まぁ、がそう言うならそう言うことにしておきましょうか」 にこり、と骸がいつもの笑みを浮かべる。怖い!その笑顔が怖い! ―― は思わずそう言ってしまいそうになるのをこらえ、ぶんぶんと首を振る。 ほんのしばらく、ふたりの間に静寂が訪れる。けれどもそれは、嫌悪感を覚えるようなものではなくて ―― むしろ、心地良いとさえ感じるものだった。 「…」 「なに?骸さん」 「この世でいちばん難しいことって、なんだと思いますか?」 「いちばん難しいこと…?」 静かに、が首を傾げる。骸もつられるように、ゆっくりと頷く。彼女はほんの少し目を閉じるようにして、答えを探している。 やがて諦めたようにため息を吐いて首を振った。 「分からないなぁ…骸さんはなんだと思う?」 「思いを、思いのまま伝えること、だと思います」 「えっと…それって、言いたいことをそのまま相手に伝えることって意味?」 「そうですね。だいたい合っていると思いますよ」 「でも、どうしてそう思うの?」 「ひとによっては、違う取り方をされてしまうこともあるからです」 「そっか…考え方はみんな違うから、そう言う人もいるよね」 「ええ。ですから僕はありのまま伝えられる人を尊敬しますよ」 の顔を見てみれば、ほんとうかなぁ、とでも言いたそうな顔をしている。骸は心外だな、とばかりに笑みを向けたが、恐らくは気づいていないだろう。 「…」 「なに?」 「…いえ、今日はもう遅いですし、また今度にしましょう。送りますよ」 「え、でも骸さんの家…」 「僕がそうしたいんです。そうさせてください」 「え、ええと…じゃあ、お願いします」 は、何の疑いもなく、ふんわりと微笑んで骸の言葉を受け止める。きっと彼女は、自分が思っている以上に言葉の持つ力の重さを知っているんだろう。といっしょにいると何もしていなくても、何かを話していなくても、心地よく感じるのはその所為だろう。「ぼくといっしょになりませんか」。 さっき飲み込んだばかりの言葉 ―― きっといまのに言えば困るに決まっている。だから、いまはまだ、胸の奥に仕舞っておこう。 いつかきみが僕の思いに気づいたその時に、告げよう。それまでには、時間がかかるかもしれない。それでも僕はきみのために待ち続けよう。 想いの切れ端 070809 |